第一章 美しいあの人残酷なあの人

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 愛娘――その立場を活かして、黒薔薇は日夜勉強に励んだ。政治、軍事、法……そして分かった、アルメダは弱小国で、きっといつかは滅んでしまうことに。  心がうずいた。母を失った哀しみが、みなから冷たくあしらわれる日常が、いつも気にしないようにしていたのに、なぜだかとても身を切るかのように痛い。  自分が頑張っても、この国も、自分の未来も先がない……辛くて、泣きたかった。人前では泣けないから、どこか隠れた場所でいいから、大声で泣きたくなった。止める言葉も聞かず、着の身着のままで飛び出した西の森は暗くて、まるで空が「泣いてもいいよ」と語りかけてくるかのように、星々が優しくきらめいていた。  開けた場所に出て、ここならいいと思った。ここからならアルメダ城も視界に入ってこない。黒薔薇を囲む木々の真ん中で、柔らかな草の上で、流れ星を眺めながら、黒薔薇は声を出して泣いたのだ。母が死んでも泣くまいと歯を食いしばって生きてきたのに、あまりに優しい夜の空が、母リアンの面影を思い出させて止まない。  ――そのときだった。 「誰か、泣いているのかい……?」  こんな場所に誰かいるわけがない。だからきっと、母が寝物語に聞かせてくれた、星の妖精ハティが話しかけてきたのかと思った。ハティは星が満天に輝くとき、哀しみに打ちひしがれる人のもとにあらわれて、願いをひとつだけ叶えてくれる、星色の髪をした美しい妖精なのだという……。  涙でぼやけた視界に、星色の髪を風にたなびかせた長身の男の姿が浮かび上がってくる。  ――不思議な星色の髪だわ。瞳は空の一番上に輝いている一等大きな星みたいに、不思議な淡緑色……それに見たことないくらい、綺麗なお顔……。 「あなたはハティなの……? それともハティたちの王様……?」  本当は誰だって良かった。妙(たえ)なる声が耳に優しくて、目元の涼しい顔立ちは月の淡い光の中で輝いて見えて、母親に読んでもらった絵本に出てきたハティの王様のように美しかった。
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