屋台ラーメン

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 あの人にならば、何をしているのか聞いてもいいのではないか。そう思ったが、何故か足が動かない。声も出ない。  ようやく動けるようになったのは、ご近所さんが立ち去った後だった。  慌てて後を追いかけ、いきなり何をしていたのかを聞くのも気が引けて、どこかからの帰りですかと聞いてみた。すると、意外な答えが返ってきた。 「今ね、ラーメン食べてきたんですよ。この近所にたまに来る、屋台のラーメン」  屋台のラーメン?  俺が見たのは、軽トラの横にただ突っ立っていただけのこの人だ。でもこの人の記憶の中では、あれはラーメンを食べたということになっている…?  訳が判らなかったが、自分も一度食べてみたいから、どこに屋台は来ていましたかと尋ねると、ご近所さんは案内しますよと俺を先導してくれた。しかし俺達が到着した時、信用金庫の駐車場には、もうあの軽トラは存在していなかった。  もう店じまいをしてしまったのかと、あからさまにご近所さんががっかりする。その人に丁重にお礼を述べ、俺は自宅へと帰った。  以降、近所にラーメン屋の屋台が来たという話を聞かない。  俺が正体らしきものを目撃してしまったからか、違う理由があるのかは知らないが、ともかく屋台の話は聞かなくなった。  残念だという声も多いようだが、あの光景を見た俺としては、これでよかったんだと思っている。  しかし、あの軽トラは何だったんだろう。みんなは、どんな理由があって、あの場でラーメンを食べていることにされていたんだろう。  判らないことだらけだが、屋台が現れない以上、きっともう考えなくてもいいことに違いない。  俺は一度聞いたことのないメロディと共に現れる、俺には軽トラにしか見えなかった屋台のラーメン屋。多分この先も、俺がそれに遭遇することはないだろう。 屋台ラーメン…完
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