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 男はやはりごく落ち着いた声で、『山王は亡くなったわたしの上司ですよ。もう七年になりますか。』 『はあ、亡くなられた…。』 『自殺でした。まったく突然。』 『差し支えなければご遺族に連絡をつなげていただけますか。ここで報酬をいただく約束だったんです。』 『報酬?』 『失礼しました、わたくし山王さんの救命にたずさわった者です。』 『山王さん借金してはった?ちなみに、おいくら?』 『八千円です、きっかり八千円。』 『救命言うたら、助けたんですよね?』男は確認するように言った。『それでたったの八千円?』 『もっぱらわたしの経済的理由ですわ。そのころ、山王さんこの町に家族連れで来てまして、波に飲まれて海岸の管理者からわたしに連絡がありまして。』 男は手さぐりでポケットから財布を取り出し、中から千円札を八枚、ていねいに数えてマサルに渡した。『あなたは信用できそうです、お渡ししますわ、』 マサルは少々面喰らいながらその金を受け取った。 『ありがとうございます、確かに。』 『当時、奥さんもお子さんもご無事だったとか。』男はマサルの方を向いて訊いた。マサルは男が最大の敬意を払いながら話をしているのを感じた。 『はい、苦心しましたが。』 男は手袋をとりながら、 『大変だったでしょう。あなた大変な功績者だ。』 『でもそのあとみずから命を断ったんでしょう?正直落胆します。山王さんの命は八千円ということになるんですかね、』 『わからないものです、手前味噌ですが視覚障害者のわたしが命をつないでくるまでにそれこそ苦心惨憺してきて、まだこの先も生きようとしているんですよ。それにくらべて、あれほどの業績を残したひとがなんということもなく命を捨てるんですから…。』 『まったくです。』 『わたしたち障がい者は足りない部分を補うことに必死です。わたし自身、仕事が手につかず間もなく退社して微々たるお金でかろうじて命を保ってきたのに、健康な人たちは、わたしたちの死角にあるツールを器用に使って、いとも簡単に命を捨てるんですから。』
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