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ケンちゃんの事はよく知らない。
店で度々顔を合わせる内に向こうから声を掛けられて、名刺交換をした事が一度あるだけだ。
彼は俺の名刺に印刷された『大田丁字(おおた ていじ)』の名前を見て、
「ああ、丁字路と同じ『テイジ』なんだね!
だからみんな、きみの事を『ティーくん』って呼ぶのか。」
と感心したように言い、
「昔は、突き当たりが行き止まりで左右に分かれるような三叉路を丁の漢字に見立てて『丁字路』って言ったんだよね。
でも今はアルファベットの『T字路』が通称として認められていて、そっちが主流だから…。」
と語り始めた。
その話題は、俺が自己紹介する時に毎度出て来て耳にタコだ。
適当に聞き流してさっさと自分の席に戻ったのだが、この態度を彼は気に入らなかったのか、陰で
「愛想の悪い奴。」
と文句を言っていたらしい。
でも日々仕事に追われ、寝るまでに2時間以上の余裕がある時に癒しを求めてここに来ている俺にとっては、ケンちゃんにどう思われようが構わなかった。
嫌われたくないのはマリモだけだ。
俺は愛しのマリモちゃんに会いに、この店に足繁く通っている。
俺はバイセクシュアルで、性別に拘り無く付き合える人間だ。
ただ、一目惚れは初めてだった。
その日は仕事帰りにノンケの同僚達と一緒に飲みに出掛け、二次会で偶然ゲイバーに入った。
そこでたまたま付いてくれた女の子達(オカマ)の内の1人がマリモだったのだ。
瞬間、俺の体に電気が走り、忽ち虜になってしまった。
同僚達は
「アニマル系の子が揃っていて面白い。」
と言って喜んでいたが、俺はこの時からマリモしか眼中にない。
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