92人が本棚に入れています
本棚に追加
「切ない…。」
マリモがケンちゃんの居るボックス席に戻ってしまったのを見て、俺は呟く。
地獄耳のママはそれを聞き逃さず、俺に顔を寄せて囁いた。
「そんなに好きなら本人にちゃんと言ってあげなさいよ。」
「今更、冗談めかして言えないよ。
もし本気だってばれたら、恋人のいるマリモちゃんを困らせるだけだし…。」
マリモには同棲しているカレ氏がいるらしい。
職業は建築士で、小さいながらも事務所の社長だと聞いた。
マリモがヒモを養っているなら黙っていなかったが、幸せそうなので邪魔はしない。
ただ、諦め切れないのは、マリモがたまに思わせ振りな態度を取るからだ。
接客業の為せる技でも、恋している俺にとっては僅かな可能性を捨てきれない。
店には徐々に客が入り、その内、満席になった。
このゲイバーはゲイでなくても入店を拒否されず、女の子の常連客も多い。
その代わり、どんなに美人でもブスと呼ばれる覚悟と、言い返すくらいの度胸がなければ遊べない。
ガラスの心の持ち主なら、男女問わず近付かない方が良いだろう。
片付けを終えてホールに出て来たキナコもボックス席の接客に入る。
そこには男女混合の4人グループが座っていた。
キナコは性格がきつく、特に女の客には意地悪をするから要注意だ。
ママもそれを気にして、カウンターの中にいながらボックス席の会話に神経を尖らせていた。
そのせいで、新たな客が入って来たのに気付くのが遅れた。
最初のコメントを投稿しよう!