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「切ない…。」 マリモがケンちゃんの居るボックス席に戻ってしまったのを見て、俺は呟く。 地獄耳のママはそれを聞き逃さず、俺に顔を寄せて囁いた。 「そんなに好きなら本人にちゃんと言ってあげなさいよ。」 「今更、冗談めかして言えないよ。 もし本気だってばれたら、恋人のいるマリモちゃんを困らせるだけだし…。」 マリモには同棲しているカレ氏がいるらしい。 職業は建築士で、小さいながらも事務所の社長だと聞いた。 マリモがヒモを養っているなら黙っていなかったが、幸せそうなので邪魔はしない。 ただ、諦め切れないのは、マリモがたまに思わせ振りな態度を取るからだ。 接客業の為せる技でも、恋している俺にとっては僅かな可能性を捨てきれない。 店には徐々に客が入り、その内、満席になった。 このゲイバーはゲイでなくても入店を拒否されず、女の子の常連客も多い。 その代わり、どんなに美人でもブスと呼ばれる覚悟と、言い返すくらいの度胸がなければ遊べない。 ガラスの心の持ち主なら、男女問わず近付かない方が良いだろう。 片付けを終えてホールに出て来たキナコもボックス席の接客に入る。 そこには男女混合の4人グループが座っていた。 キナコは性格がきつく、特に女の客には意地悪をするから要注意だ。 ママもそれを気にして、カウンターの中にいながらボックス席の会話に神経を尖らせていた。 そのせいで、新たな客が入って来たのに気付くのが遅れた。
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