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第漆章 ニライカナイ④大坂夏の陣裏話
【キリヒト天童】と聞いて、一同はその名を頭の中で繰り返す。
遙と馨は、その様子を後目に気絶している戒、麟、瑤、勢都、月に活を入れて正気づかす。
5人とも、寝落ちしていたと勘違いしている。
猪貍、鹿鳴、胡蝶は、今が頃合いでは、と遙に目配せを送って来た。
遙「【キリスト】………に名前が似ていると思わないか?」
その言葉に、こいつ絶対に何か知ってるなと全員の思考が一致した。
棗「確かに似ている………お前、知っているなら勿体ぶらずに教えろ」
遙「500年ぐらい前の昔話になるが………【五代目小太郎疾風】の時の話だ」
燎「記憶がかけている時だな。覚えているのか?」
遙「【元服】後のことは覚えている。欠けているのは【元服】以前のことだ。【鬼童丸】が紅蓮と疾風の父親だったそうだが、その記憶がない。父上は最初からいないものと思っていたからな」
【鬼童丸】は、紅蓮と疾風が少年の頃に【亜神】の記憶が戻って【天上界】へ還った。その後は母親の【三代目小太郎】がシングルマザーで育てている。
棗「【亜神】の記憶が戻ったからといって、妻子を置いて【天上界】へ還って行くような薄情者のことなど、覚えておく価値もない」
そのシングルマザーで育てた【三代目小太郎】が棗であった。以前、【鬼童丸】と【人間界】で再会しているが、【三代目小太郎】だった頃の意趣返しに覚えていないフリをしてやった。バレるかヒヤヒヤモノだったが、遙が記憶に欠けがあるので通用していたようだ。政略的な婚姻だったので【三代目小太郎】には【情】が湧かなかったようだ。子は可愛かったが夫は割とどうでもよかった感じである。
燎「だから、以前は他人のフリしたのか………【雷神】殿は気の毒に」
【転生戦士】たちは、他者が【回生】何度目とかどの時期に生まれ変わっていたかを把握していない。生まれ変わった時に【転生戦士】とめぐり会ったら「同類がいる」程度の薄い興味しか示さない。
一寸法師「遙は、【五代目小太郎疾風】が【宿体】だった【回生】で【キリヒト天童】について、何らかの情報を得ている………ということでいいのかな」
【一寸法師】の確認に遙はうなずく。
遙「【江戸幕府三代将軍・家光】の時代に遡る」
この時代には歴史上でも有名な大規模武力抗争が【九州地方】で起こった。【島原の乱】である。
遙「実は、この【島原の乱】はある程度【キリシタン軍】を暴れさせたら無力化して【幕府軍】【キリシタン軍】共に、【幕府軍】が調整した犠牲だけで矛先が収まるはずだった」
予定では【幕府軍】として雇った【素浪人】たちを【キリシタン軍】──────────相手が【素浪人】とは知らない【幕府軍】と思っている──────────が総攻撃というシナリオだった。【素浪人】たちは【士官】を条件に雇ったが、本当に【士官】させる気だったかどうかは怪しい。【キリシタン軍】は弾圧されて不満からのストレスや鬱憤が溜まっているので、大暴れさせて発散させた後鎮圧する。場合によっては武力投入を増やして制圧することも視野に入れていた。
遙「だが………こんなこと、『お釈迦様にもわかるまい』だ。開戦直後に、【原城】が光に包まれた」
その光が収まった後、そこには『奇妙な服装』の少女が立っていた。
一寸法師「【漂泊の者】が【転移】して来た………ってことだよね」
【転移】の状況に違和感がある。通常の【漂泊の者の【転移】は、【魔震】と呼ばれる異常に大きな揺れの【地震】が起こってその際の【時空の歪み】から【転移】して来る。
ウラシマ「『奇妙な服装』ということは、【現代人】か【未来人】ということだな」
【江戸時代】の【長崎】には【南蛮人】や【紅毛人】など【外国人】の入出国があるので、【洋装】は珍しいという意識がない。ただ【現代人】の女性の『スカート丈』や『デザインシルエット』は、当時の『膨らんだドレス』からすれば『丈が短くしぼんだ感じ』だ。【未来人】となると、もっと『奇抜』な感じかもしれない。
遙「ネタバレOKなら、その少女の素性を明かしてもいいが………」
どうやら、遙は【漂泊の者】の素性を掴んでいる口ぶりだ。
一寸法師「棗………キミの息子、有能だね。ウチに欲しいよ」
【龍家】に取られて残念だ、と本気で落胆している。
遙は【龍家】へ【婿入り】した影結の息子の【養子】になっているので、【龍家】の一員だ。遙が影結を『義祖父』と呼んでいたのはこういう事情からである。
ウラシマ「わかっているなら聞きたいが………先にネタバラしするのは『ストーリー』では【邪道】………」
かなり気になるようで葛藤している。
燎「先にネタを聞いても、問題はないのか?」
遙「ない。実際、当時の俺は【漂泊の者】の少女の素性はどうでもよかった。俺自身も【回生】で【宿体】を変えて何千年も生きてる【妖怪変化】みたいなモノだからな」
他人を怪しいとか言える立場じゃない、と自虐するが他人への言葉も酷いが自分への言葉も酷い。
ウラシマ「言い方………自分まで扱い雑だな」
自虐と言うより自傷行為のようになっている。
遙「とりあえず、続きを話す。【漂泊の者】は【異能力】があった」
この【異能力】が、【幕府】が計画した【シナリオ】を『白紙にしてしまう』いわゆる『チート能力』だった。
遙「【異能力】という【概念】が無かった時代だ。【漂泊の者】は【妖術使い】と言われた」
この時代の【忍】の【術】は【修験者】特有の【法力】と理解されていたが、『人智を超えた力』なので、時代が現代だったら【異能力】に該当する。そんな【忍】から見ても【漂泊の者】の【異能力】は、【異質】だった。
遙「この時代は、【治癒能力】というものは『他人の体に向けて流すもの』ではなかった」
【甲賀忍】には【治癒・回復系】の【忍法】の使い手は多かったのでそれ自体がなかったワケではない。因みに、【治癒・回復系】の【術】は【甲賀特有】だった。時代の経過で【忍】同士が【他流派】と交流することになって、【婚姻】という結び付きから【甲賀】の【血】が【他流派】へ流出して、【甲賀】だけの【術】ではなくなった。
棗「【漂泊の者】は【治癒能力者】だったか」
遙の言葉から推測したが、大当たりのようだ。遙が頷いている。
燎「戦に怪我は付きものだ。長期戦になるほど、【薬類】が足りなくなり怪我の箇所の『壊死』などの深刻な問題が起こる」
その心配が【キリシタン軍】にはなかったのだ。そして、【漂泊の者】の【異能力】はそれだけではなかった。
遙「『他人の身体能力を底上げする』という【Ω】の【能力】と同質の【能力】を持っていた」
だからこそ、【農民】【キリシタン】の【連合】でしかなかった【キリシタン軍】は【幕府軍】の【武士】相手に、3カ月以上の長期戦を闘えたのだ。
遙「まあ【キリシタン軍】には、【天草四郎】【由井正雪】【森宗意軒】がいたから、あいつらから【剣術】の基礎程度は指南してもらっていただろうがな。【由井正雪】と【天草四郎】は【豊臣秀頼】の子だ。あの2人は正真正銘、【武士】だからな」
ウラシマ「え………マジ………【隠し子】?」
歴史にそんな記録がないので、当然の反応だ。
遙「【落し胤】………と言ったほうが正しいかもしれない………【由井正雪】の母親は【亜津沙衆】の【くノ一】だ。【夏の陣】で【大坂城】が落とされる前に、【真田幸村】は【亜津沙衆】の【くノ一】を5人呼び【密命】を与えた。それが………『豊臣秀頼のお胤を頂戴しろ』という内容だ」
この当時の【亜津沙衆】は、【真田忍軍】に取り込まれていたので、既に【亜津沙衆】という【くノ一集団名】ではなかったが、【忍】たちの間では【真田のくノ一】は【亜津沙衆】と呼ばれていた。
遙「【亜津沙衆】の【頭(かしら)】の【望月千代女】は、【甲賀】出身だ。『確実に胤を授かる【甲賀忍法・生命受胎の法】』を使った」
【甲賀忍】は【医術特化】の【忍】だったので、体のメカニズムで左右される【懐妊】を力技で可能にできる。実は遙は、この【甲賀忍法・生命受胎の法】で妻たちを【懐妊】させている。【両性具有(アンドロギュヌス)】は【不妊症】だ。この【秘術】を使わなければ【体外受精】しか方法がない。子作りに【甲賀忍法】を使うことは双方同意の上だったので、特に問題はない。
燎「【由井正雪】と【天草四郎】は、その時の【ご落胤】か………いや、【天草四郎】は年齢(とし)が合わない」
そもそも、【くノ一】は5人だ。後の者はどうなったのだろうか。
遙「結論を言うと、【くノ一】は5人とも【戦死】した。しかし、【お胤】は【くノ一】の1人から【千姫】へ移されていたのだ【甲賀忍法・宿替えの法】で」
【徳川家康】の孫・【千姫】は聡明な姫と歴史書などに記されている。【大坂城陥落】の際、【千姫】は【淀殿】の手で【座敷牢】に監禁されていた。【淀殿】と【千姫】の嫁姑の仲が良かったのか悪かったのかは定かではないが、この当時【紅蓮】と【疾風】は【徳川家康】となったかつての部下【世良多二郎三郎】から【千姫】を【徳川秀忠】の元へ返してやってほしいと頼まれ、【夏の陣】が開戦される前の【大坂城】へ潜入していた。
そこで【淀殿】が【千姫】をいびり倒す姿を何度も見た。【豊臣秀頼】は、それを冷ややかに眺め退室する。この光景が日常的に繰り返されていた。【大坂城】の【中臈】と呼ばれる【城勤め】の女性たちも【淀殿】に加担こそしなかったが、誰も止める者はなかった。
経過報告をすると、【中臈】を【亜津沙衆】に入れ替える案が出た。あの状況では味方がいれば心強いことだろう。しかし、5人以内の少数に止めよと【疾風】は人数制限した。無関心だった【中臈】が急に態度を変えては違和感がある。【紅蓮】はその5人には【大坂城】脱走の手伝いもしてもらうので、腕利きの【くノ一】を要求した。
そして、【夏の陣】開戦前夜、【亜津沙衆】のくノ一たちは、【千姫】の願いを【真田幸村】を仲介して【密命】として『【豊臣秀頼】の【胤】を貰い受けた』。
【千姫】は、【豊臣秀頼】へ【情】があった。しかし【秀頼】は【淀殿】の【傀儡】だった。【徳川家康】は『ある日』を境に人間が変わったように人格者になった。【征夷大将軍】として【天下】の良き【指導者】と誰もが認めるほどに。認めなかったのは【淀殿】だ。
【淀殿】の母は【お市の方】、【織田信長】の妹だ。【織田信長】の【姪】という【血筋】だけが【淀殿】の矜持だった。【徳川家康】は【織田信長】の家来と偏った考えが頑なに【家康】を否定し続けた。その考えを子の【秀頼】に植え付けたのだ。
【大坂城陥落】の際に妹の【於江与の方】から【千姫】を返してほしい旨の【嘆願書】を送られたが、それを見た【淀殿】は【千姫】を【座敷牢】へ監禁した。「【豊臣】はオシマイだが、お前も道連れだ!ひとりだけ助かろうなどと絶対に許さない!」そう喚いていた。
脱走のタイミングを図っていた【紅蓮】と【疾風】は一部始終を見聞きしていた。
そして【大坂城】の【天守閣】へ【砲弾】が撃ち込まれて、【淀殿】は短剣を鞘から抜き【座敷牢】へ監禁した【千姫】の元へ行くと、振りかぶって刺そうとした。
遙「あれはド素人だな。抜き身の短剣を振りかぶるとか………あり得ない。なんて無駄な動きだ。振りかぶっている間に逃げられる」
遙のダメ出しに、一同はこいつブレないなと感心する。
実際に【千姫】は【淀殿】が短剣を振りかぶった瞬間の隙をついて、【淀殿】が【座敷牢】へ入って来た際に開け放しになっていた出入口から牢の外へ逃れることに成功した。
しかし、追いつめられた人間の『火事場の馬鹿力』は油断できない。【淀殿】は華美で豪奢な着物の重さを感じさせない素早い動きで【千姫】に切っ先を突き立てた。
【千姫】は避けたが、短剣は【千姫】の着物の打ち掛けを差し貫いて壁際に縫い留めた。
非常にマズい状態だ。打ち掛けを脱いで逃げようにも【淀殿】との距離が近すぎる。着物の帯を解いてそれで絞殺が可能な距離なのだ。
万事休すのその時に、【淀殿】の胸元に【刃(やいば)】が生えていた。
ドサリと倒れ伏した【淀殿】は自身の流した【血溜まり】に染められる。【淀殿】を背後から刺した【刃(やいば)】の柄を握っていたのは【秀頼】だった。
【秀頼】は【千姫】に【家康公】の元へ帰るが良いと言った。
【亜津沙衆】の【くノ一】たちが【千姫】を連れて去って行くのを【秀頼】は見届けると、母を刺した【刃(やいば)】で自刃しようと刃先を首元へ持って行こうとした手を何者かに掴まれた。
【紅蓮】は【秀頼】の手首を掴んで、【刀】を取り上げる。
【秀頼】はこんな状況で、ここにいるということは彼らは【忍】だなと察した。母親の【傀儡】ではあったが元々、聡明な人物だった。
【秀頼】は死に様は別に自刃でなくとも構わない、とこだわっていなかったので【忍】の手にかかる覚悟をした。そして、そこで意識が途絶えた。
【疾風】は【秀頼】の首筋に【手刀】を当てて気絶させると、【米俵】担ぎで連れ去った。
遙「この後、【秀頼】は【真田】の【霧隠才蔵】と【猿飛佐助】が共を務めて【長崎】へ逃がした。表向きは【大坂城陥落】の際に自害したことになっている。歴史書のアレやコレやは、ほとんどがガセということになるな」
棗「謎が残っているぞ!【亜津沙衆】の腹から【千姫】へいつ【お胤】を移した?」
この【お胤】が【由井正雪】なんだろう、ここ重要な所と棗に指摘される。
遙「脱走直後だな。【家康】へ引き渡す前に済ませた」
あの【忍法】って思っていたより、手軽にできるんだなと遙は言っているのでバッチリ見ていたようだ。
棗「お前………女が股広げてるのをガン見したのか?デリカシー無いぞ」
燎「なっ!そんなウラヤマケシカランことしたのか!」
羨ましいのか、けしからんのかどっちだろう、と瑤、勢都、月は半眼で燎に呆れた視線を送る。
遙「アレ、スゴいぞ。股と股を合わせて、『道を作った所』から【胎児】を通過させて移動完了だ」
遙の実況に大人男子たちは想像する。
一寸法師「移動先が【くノ一】じゃなくてもいいみたいだね」
けっこう真面目な質問が来た。
遙「このケースは【スタート】が【くノ一】だったから手慣れたものだった」
この方法で移動できるのは、1人だけだが『1人でいい』のだ。後の4人は【囮】だ。【千姫】へ移した1人を無事出産させることが【任務】であった。
【亜津沙衆】の5人は【秀頼】の子を身ごもっているので、捕らえて腹の子諸共殺すよう命じられた。この頃には【家康】は病床に就いて【秀忠】が名実ともに【二代目将軍】だった。
棗「【亜津沙衆】は殺されたのか………確かに【秀頼】の子は、争いの火種にしかならんが………」
出家させて【俗世】から切り離すなり、そのまま【忍】の子として育てるなり、落とし所はあったはずだ。
遙「殺しを命じたのは、【秀忠】ではない。あの男は、既に生まれていたなら【暗殺】を考えただろうが、まだ生まれてもいない子は何とでもできるからな」
母親は【忍】なので波乱しか呼ばない子の身の振り方は心得ている。
遙「【二代目将軍・秀忠】は、ただの【神輿】だ。【家康】の後に実権を握ったのは、【大老・土井利勝】だ」
【亜津沙衆】の始末を【伊賀組藤林流】に命じて、歴史の影で子を身ごもった【くノ一・亜津沙衆】と【伊賀組】との【死闘】があった。
【亜津沙衆】と【伊賀組】の交戦が人知れず繰り広げられていた頃、【高坂甚内】(【五代目小太郎配下の風魔忍】と【亜津沙衆のお目付け役】のダブルフェイス)は【秀忠】に【千姫】の懐妊を告げていた。
【千姫】は【桑名藩主】の嫡男と再婚させることが決まっていた。【高坂甚内】は【千姫】の腹の子は始末する時期を過ぎていると言い出産の許可を得た。
しかし、死産だった。【千姫】にはそう伝えられた。実際は【男児】が生まれた。その子は、【高坂甚内】から【真田幸村】の手に渡った。
男児のその後の消息は不明だが、成長したその男児が【森宗意軒】という【軍学者】の弟子【由井正雪】として名を知られたのは【島原の乱】である。
左:疾風/中央:高坂甚内/右:紅蓮
本編に記載してませんが、庄司甚内は【吉原遊廓】で大儲けして手広く商売する【商人】になっています。この時の【風魔】のスポンサーです。
作中の【淀殿】のキャラは『大坂城の女』というドラマの【淀殿】をモデルにしています。ドラマで【淀殿】を演じていた女優さんは『木暮実千代さん』という化粧品の『マダムジュジュ』のイメージキャラクターを務められた美人女優さんです。【千姫】は『宇津宮雅代さん』でした。『大坂城の女』は、70代以上のご家族の方ならご存知と思います。
『大坂城の女』は『三益愛子さん(寧々役)』『岸田今日子さん(ナレーション)』『富司純子さん』『三田佳子さん』『八千草薫さん』『中村玉緒さん』『加賀まりこさん』『大原麗子さん』『十朱幸代さん』『宮園純子さん』『浜木綿子さん』たち美人女優さんが多数出演されてました。豪華ですね。
ストーリーは、序盤は『大坂城版・大奥』といった感じでしたが、豊臣家の終わりまでのお話なので、中盤辺りからは『大河ドラマ』風な重厚なストーリーになってました。
私は『CS放送』で、このドラマを見ました。若い方は知らない俳優さんばかりですが、見る機会があればオススメ作品です。
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