序章 

1/2
前へ
/157ページ
次へ

序章 

 この日は【宴】が催されていた。 【宴】は不定期で開催されるが、基本1カ月前に通告または招待状が送られるので、欠席者は0人である。  そもそも、この【宴】には日本の国会の中枢人物や世界経済を牛耳る大物が参加するので、コネクションを作る良い機会を見逃す者がいるはずがない。  参加者の中には獣耳や獣尻尾のコスプレイヤーと思しき者たちも混じっているが、無礼講なのか日常では交わりのない者たちが和気藹々(わきあいあい)と歓談している。  歓談の喧騒がピタリと止んだ時、壇上には狐耳に九尾の花魁のような装いをした臈長(ろうた)けた絶世の美女が立っていた。  此度の【宴】の主催者・稲荷葛葉(いなりくずは)である。葛葉は、よくお集まりくださった的な挨拶を告げると本日の主役と言って【柳生一門】の男女2人を壇上へ呼び、この後の乾杯の音頭を強引に押し付けるような形で壇上を捌ける。  入れ替わりに壇上に立ったのは柳生藤子(ふじこ)柳生十耶(とうや)であった。 この両名、年の離れた姉弟に見えるが親子である。  2人とも『地楡(ちゆ)に雀』の家紋入りの着物を着ている。 【柳生家】の家紋は笠を二枚並べた『二枚笠』が時代劇で有名だが、こちらの家紋は【分家】や【内弟子】の物に入れられる。地楡というバラ科の植物をあしらった家紋は【柳生】だけである。それ故に【柳生本家】の家紋として何気に他とは違うアピールをしている。 「本日は、当【柳生家】より発表することがあり【稲荷家】の(あるじ)に、このような立派な【宴】を開いて頂いたこと、感謝する」  藤子は、まず主催者の葛葉へ謝辞を述べる。  ここで、招待客の一部に恐れおののくような緊張感が走った。  常人には察知できないが、【武芸者】を排出する【柳生】には察知するなど訳ないことで、一瞬でそういったリアクションをした者たちの人相確認をする余裕すらある。 (あー………あのオッサン、収賄疑惑のある政治家だな)  十耶は、贈収賄でビビるような小者を【柳生】がどうこうする訳が無いと、自業自得だ生きた心地のしない時間を少しの間過ごすがいいとソフトにS《サド》っ気の入ったことを考えている。  藤子は【柳生】の発表することは、愚息の十耶のことだと告げた。 「我が愚息は現在17才。来年には晴れて成人を迎える」 【柳生一門】は成人1年前に成人前試練の期間に入る。この期間は目付役が付いてくるが、プロとして【柳生】の任務に就く。 【柳生】サイドは成人前に実力をアピールしておいて有力なスポンサーの獲得を狙う意味合いがある。  これだけだと【柳生】だけが得を()るようだが、試練の期間中の十耶に依頼すると報酬額3割引という【依頼者】サイドも得をする仕組みになっている。  十耶は未成年だから割安になるのは当然だが、成人の目付役が付いてくるので───────────────【柳生家】の子息に付ける目付である実力実績共に一流だ───────────────この1年はお得に依頼できる期間なのだ。  会場からは、若き【柳生】の【武芸者】へ期待を込めて拍手が送られる。  そして、藤子は十耶にお前が乾杯の音頭をとって目立っておけと壇上へ押しやる。  母親から無理矢理に乾杯の音頭を押し付けられて、会場で一番目立つ壇上に立たされたが流石は【柳生】というべきか、十耶は堂々とした佇まいで挨拶をする。 「ご紹介に預かりました。柳生十耶です。【柳生】では駆け出しの下っ端なので、気軽にご用お申し付けくださればと思います」  しっかりアピールも忘れない商魂たくましさがある。  十耶が乾杯を告げて手にしたグラスを高く掲げる。  会場に乾杯の声と近隣の方々とグラスを合わせる透明感のある高い音が響く。  壇上を下りた十耶の元に、彼の学校の先輩である龍紋刹那(りゅうもんせつな)久遠(くおん)の双子兄弟がやって来て、乾杯とグラスを合わせる。  刹那と久遠は18才の成人だが、ノンアルコールのドリンクである。日本での飲酒喫煙は以前は20才からだったが、現在は18才から可能と改正されている。  2人とも下戸ではないが、訳あって今日はアルコールを控えている。  そのアルコールを控えている理由が、藤子と乾杯のグラス合せをしている長身の女───────刹那と久遠の母親・陵環(みささぎたまき)である。【家名】が異なるが陵は環の【旧姓】だ。公の場では【旧姓】を名乗っているが戸籍は龍紋環になっている。  環は乾杯した後、一気にグラスを空にして給仕係へ空グラスを渡し、代わりに10杯分のグラスが乗った盆を取る。  ものすごい酒豪である。刹那と久遠は、この酒豪の母親の面倒を見ないといけないので環が同伴している場ではノンアルコールなのだった。  また、環の酒豪は有名なので会場の所々では今日は何杯飲むだろうかと賭け事が始まっている。 「先輩たちのオフクロさん、すごい飲みっぷりだな」  十耶は噂に聞いていた程度で、実際に環が飲む所を見るのは初めてだった。 「ああ………あれは、まだ序の口だ」  久遠は、まだ準備運動してる所でバーカウンターへ向かったら本番と言う。 「ここの酒は、良い酒だからな。母上は全制覇目指すぞ」  刹那は、ちらっとバーカウンターの方に視線を向ける。 「酔っ払ったら、先輩たち二人がかりで運ぶことになるな」  十耶は、2人でもキツそうだなと思う。  環は、かなり長身だ。ピンヒールを履いているので身長は刹那・久遠より高くなっている。 「母上は【医療忍(いりょうしのび)】だからな………なかなか酔わないぞ」  久遠は、ここにはいないが部屋にもう一人、【医療忍】が控えているので酔ったらその人が酔い醒まししてくれると続けた。 「【医療忍】って、酔い醒ましができるのか」 「十耶、今ザルだと思ったな」  刹那は、甘いなブラックホールだと続けた。 「刹那先輩、アンタの母親だろ」  十耶は、穴の規模が違うと言いたいんだなと察する。  会場では、それぞれ友人知人の仲間内で集まっている。  一方、【宴】主催者の葛葉の元には政財界の中心人物や海外からの来賓客が恐縮した様子で会話をしているが、葛葉は話は聞いているが心ここにあらずといった様子だ。  すると異変が起こった。  葛葉を囲んでいた一団から、悲鳴が上がり、慌てふためく声があがる。
/157ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加