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「鮮やかになった。白が偉いんじゃない、黒だって偉いわけじゃない。ただ世界がカラフルなだけだったんだよ、お嬢ちゃん」
「私には、灰色だったけど。本の中だったら、色彩豊かだったよ。おじさん」
「灰色も綺麗なのは僕も知っているよ。それとは別に、音楽の色がこれまた綺麗でにぎやかなんだ。スタイルを気にする連中もいるけど、お客さんが楽しい、僕も楽しい演奏だったらなんでもいいかなって思ったんだ」
「おじさんは音楽で人生変わったの?」
「違うよ」
「違うの?」
「全てが、だよ。人生なんて目じゃないさ。お嬢ちゃん、ものの見事にだよ。君の言う、テンチがひっくりかえったっていう風に。だから……」
「どうしたの、饒舌なおじさん?」
「君の気持ちがよくわかるんだ。大事にしていた物を失う気持ちが」
「わかるわけないでしょ」
「わかるさ」
「いいのよ、別に気を遣わなくても。おじさんには、正直に言って欲しい。嘘と愛想笑いはもうこりごりだから」
「ほんとだよ。僕、トランペットを演奏してお金を稼いでいたんだけど、ある時からベストな音が出しづらくなってね」
「生活できないじゃない」
「できたんだ。トランペットはもう難しくなったけど、僕にはもう一つ声という楽器があったんだ」
「歌手に転向したんだ」
「いや違う」
「歌手じゃないの」
「歌手は一部だよ、同じ時期に俳優もやった。いろいろやったんだ。おかげで自分の新しい可能性に気付けた」
「すごい人なのね、おじさんは」
「僕以上になれるさ、君なら」
「何に?」
「なんでもだよ」
「……今日初めて全く知らない相手に言われたなら、塩まいてやりたかったけど。おじさんが言うんじゃ、そうだと思う」
「嬢ちゃんが素直になって、僕は驚きだ」
「私も……自分でもどうして口走っちゃったのか、わからない。この勢いなら、おじさんだけには話せそうなんだけど」
「何だい?」
「おじさんはできるって言うけど、私には無理なの。……だって、病気が進行して。私目が見えなくなっちゃったから」
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