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「たーかの!」
新聞社の廊下で取材帰りの高野芙生に明るく声をかけてきたのは、政治部の門倉聡子だった。芙生と同期入社にして、いまや会社のエース候補の新進気鋭の女性記者だ。
「あんた、殺人事件の担当任されたんだって? やったじゃん」
「う、うん、まあね」
褒められ、はは、と頭をかいたが、聡子が芙生に声をかけた訳が別のところにあることは、いくらやや鈍い芙生でもわかる。しぶしぶ「門倉は?」と訊ねると、待ってましたとばかりに聡子大きく鼻の穴を膨らませた。
「私は、今は主に尚邦製薬の前会長安田氏の政治献金問題を追ってる。それに加えて今月から内務大臣付き記者になっちゃって、週の半分は霞が関よ。ほら、中野内務大臣の秘書官ってわかる?」
「ああ、あの歌舞伎役者より人気があるっていう」
「そう、神邉靜。彼とよく二人で食事に行ってるわ。もちろん取材だけど」
今、世の婦人たちの間で話題になっている二枚目秘書官だ。その人気は婦人雑誌に見開きの特集ページが組まれるほどで、内務秘書官を二十代という異例の若さで務めていることもさることながら、その團十朗に勝るとも劣らないと言われる端麗なルックスと爽やかで弁の立つ話術で一躍新しい時代の長者として注目の的となっている。聡子は満足げに微笑んだあと、急にため息をついた。
「でも今から出張なのよ。電車って長時間乗ってると疲れるわよねー」
聡子はさも嫌そうに眉を下げたが、出張するような大きな事件の取材を芙生が担当したことはない。そして、大きな肩掛け鞄を背負い直すと、
「電車の時間あるから、またね!」
と聡子はバタバタ駆け出して行った。
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