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「……なんていうか、すごい」
「……キョーレツですね」
たまたま通りかかったらしい同じ部署の谷岡律子も、遠ざかっていく聡子の背中を見ながら呆れたように同意した。律子は芙生と同じ文化部でタイピストとして働いている。
「しかも正確には、殺人事件じゃないですし」
真顔で呟かれた律子の言葉に、芙生は思わず苦笑いを浮かべた。
この小さな新聞社の初の女性記者として入社した芙生と聡子だったが、入社して三年、その差は太陽と月よりも開いていた。片や、新聞社の花形部署の政治部に配属され、幾つもの有名事件を担当している門倉と、文化部の目立たないヒラ社員の芙生である。
芙生が取材をしている事件――通称「千里眼女殺人事件」の被害者は、鹿島タケという五十代の女性である。国営住宅で夫の遺した遺族年金を頼りに細々と暮らしていたというこの女性は、最近顔を見ないことを心配して家を訪れた隣人によって、台所で頭から血を流して死んでいるところを発見された。近くには倒れた踏み台があり、持ち去られた物や室内に荒らされた形跡もないため、事件性は低いというのが警察の発表である。しかし、鹿島タケは近所では有名な「千里眼おばさん」だったらしく、彼女がどうして自分の死を予見できなかったのか、小さく世間を騒がせている。
「だいたいなんですかね、千里眼女殺人事件って。いくら念写だか透視だかが流行っているからって、そんな名前をつけるなんて死者に対する冒涜ですよ!」
「まあまあ、いいじゃない」
血気盛んな律子をなだめながら部署へ戻ると、キャップの近藤がひょいと顔を覗かせた。つるっ禿げの四十路男だ。
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