第1章

2/22
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/22ページ
<ぶどうの気持ち>   夏休みも半ばを過ぎると、庭木に群れるセミの音も変わってくる。油ゼミが全盛なのはお盆を過ぎるまでのことだ。昼下がり、日差しが落ち着くころになると、ヒグラシのカナカナという音が聞こえるようになる。  千夏(ちなつ)はその音が嫌いだった。カナカナという音を聞いていると、感傷的な気分になるから……という理由ではもちろんない。日一日と夏休みの終わりが近づいてくるのが、暦を見なくても感じられるようになるからである。山のような宿題が手付かずのまま、終わっていないのだ。 「嫌いだ、ヒグラシなんて」  セミに当たってみたところで、宿題が片付くわけでも、休みが延びるわけでもない。こんなとき、千夏の駆け込む先は決まっていた。楽しい数学などという恐ろしい文字の躍る問題集他を布のかばんに詰め込むと、サンダルをつっかけて家を出た。一瞬、頭上に広がっている青空の鮮やかさに目が眩む。日差しが落ち着いてきたといっても、所詮は夏のことだ。すぐに肌を伝い始めた汗にあわてて玄関に置いてあったツバの広い帽子を取りに戻ると、改めて家を出た。行き先は数件隣りである。
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!