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自宅の目の前には公道が伸びているが、千夏は無視して庭を左手に折れた。粗末な木戸の向こうには、家庭菜園というには大きい畑が広がっている。ここを行く方が近道なのだ。緑に溢れた畑を突っ切っていると、麦藁帽を被った母が夏野菜の収穫をしているのが見えた。
「母さん、ちょっと出てくるから」
玄関の鍵をかけずに出てきたことを思い出して、千夏は声をかける。山間の田舎町では鍵をかけずに近所に出かけることなど珍しくなかったのだが、近年、空き巣など治安の悪化が著しく、千夏の家では家人のいないときは鍵をかけることにしたのだ。
「また、岡野の正人(まさと)君とこか」
きゅうりとトマトの間から体を起こした母は、日に焼けた顔に呆れたような表情を浮かべた。
「あんたは十六にもなっても、正人君、正人君ばっかり」
収穫したばかりのトマトを籠代わりの笊に放り込みながら、娘の行状を嘆く。
「幼馴染だもん。何が悪いの」
しかし、千夏はけろっとしたもので、赤く熟れたトマトを美味しそうだと眺めている。母は手ぬぐいを巻いた首を力なく振った。
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