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美里が野菜に夢中になっているようなので、改めて訪問の理由を告げる。美里は笊を受け取ると、きゅうり、きゅうりと鼻歌を歌いながら、出てきた方に消えた。息子の名前を呼ぶ美里の声がかすかに聞こえ、それに答えるように少年にしてはやや高めの声が聞こえてくる。二言、三言と言葉を交わし、声がやんだと思ったら、乾いた足音と共に目鼻の整った少年が姿を現した。正人である。母譲りのくるくるとした髪を左目の上で分けている。
「……来たの」
正人はどこか怯えた様子で千夏を見た。薄い茶色の瞳が惑って、視点が定まらない。千夏の細い腕を眺めているかと思えば、サンダル履きの足元を見ている。しかし黒い瞳を覗き込むことだけはしない。
「来たわよ」
無言で隣を指し示すと、正人はおずおずとそこに腰を下ろした。百八十を越えた長身を、猫のように丸めている。膝の上で申し訳なさそうに組んだ手は、白い解禁のシャツから伸びていた。
「あたしが夏休み前に聞いた話だと、日曜以外、朝は毎日部活だってことになってたはずだけど。今日は休みだったんだって?」
目を合わせないのは正人が嘘をついたときの癖だ。千夏が詰め寄ると、根が正直な正人はあっさりと白状した。
「お盆前に大会があったの覚えてる?それで日曜も練習だったから今日はその振り替えなんだよ」
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