醜い女

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 ひさが私の家にやって来たのは、明治という時代が始まった翌年の冬の終わりの事だった。  当時、ひさは十四。私の家に来たのは、奉公人として働くため。  ひさは口利きがあって雇う事になったが、その口利きをしたのは羽振りのいい商人で、少し前にその人に商いの事で助けられたばかりの私としては、ひさの事は初めから断れる話ではなかった。  しかしなぜその人が、単なる家の五番目の娘だというひさの口利きをわざわざしたりしたのか。  口利きの際、その事情を教えては貰えなかったが、あちこちに子がいるらしいとのその人の噂を思えば、聞かずとも大体の察しは付いた。  ひさの事を引き受けると約束してから数日後、やって来たひさは、控え目ではあるけれど仕事は熱心な娘だった。  しかしただひとつ、ひさには明らかな欠点があった。  それは外見だ。  口利きの段階で聞いていた事だが、ひさは幼い頃、命を取られかねない大病を患い、その病をどうにか乗り切ったが、まるでその代償のように、ひさの体に病は痕を残した。  その痕はひさの体の左半分にだけ。けれど頭のてっぺんから足の先まで隈なくあるらしい。  主とは言え、着物を脱げとは言えないので、本当に左半分の端から端まで痕があるのか確かめる事はできないが、取りあえず着物から出た部分だけを見れば、成程確かに、ひさの右半分の肌には見ることのできないものが、左側の肌にだけびっしりとあった。  肌の上に礫を撒き散らしたような、とでも言えば伝わるだろうか。  私の目には、ひさの左側の肌はそう映り、右側にはおかしいところが見つけられないだけに、何とも憐れだった。  しかも実際、ひさの左側の肌に触れた奉公人の話によれば、礫のように盛り上がった部分に触れれば、本物の礫かと思う硬さがあるらしく、それを聞いて余計に憐れに思った。  それ故に私はひさに外に出る用事を言い付けはせず、他の奉公人たちにも、ひさに外に出る用事を言い付けないように注意した。  そうして、ひさが来てから二年が過ぎ、私は重い熱病に罹った。  何日生死を彷徨ったのか、その記憶もないくらい意識朦朧の状態で幾日も過ごし、どうにか山を越えた時、私は、視力と嗅覚のほとんどを失ってしまった事を知った。  それからまた一年が経ち、今度は代々の商いを失った。
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