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けっして表には出さなくとも僕たちは影で、戦う準備をしている。僕たちの緊張なんてつゆ知らず日常はまるで意に介していないがごとく気ままに過ぎていく。
何をお前は大げさに言っているのかと、あざ笑っているとすら感じてしまう。
そんななか、日常は気まぐれに非日常へと変貌を遂げる。岩が投げ込まれた河川めいて、その流れが変わる。
僕たちの日常に現れた異物は、少女の姿をしていた。
衣替えを来月に控えた五月のある日だった。
僕はいまだにまとわりつく眠気をあくびで放出しながら階段を下って居間につくと、そこで停止した。持っていた制服の上着が手中をすべり落ちるが気にする余裕はないし、寝ぐせをなでつける手は左耳の後ろに触れさせたままだった。
少女は、青みがかった灰色のドレスに身を包んで、その鉛灰色の瞳で僕を見ていた。
「わたし、ナソーさん。いま、あなたの前にいるの」
耳にあてがっているのは折りたたみ式携帯電話だった。それは首から提げるかたちになっていて、ほかに七台の携帯を提げている。ネックストラップは絡んで荒縄めいていた。
都市伝説であれば締めくくりを予感させるそのセリフは、僕と少女の始まりのときに耳朶を打って、世間一般の中学生の日常ではまずお目にかかれないドレス姿に圧倒されていた。
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