第一章

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 いいや、ドレスなんて装飾に過ぎないだろう。正直、僕は自分とは比べるまでもなく日常離れした容姿とその携帯電話の数に気圧されていたのだ。  茶色の頭髪は室内にあってなお、自ら光を放っているかのように淡く輝き、その白い肌は誰も足を踏み入れていない雪の上のようにまっさらで、長いまつげに瞳の灰色は特異的な印象に拍車をかけた。  整っている。ひとりの人間が生涯を賭して、正気と狂気のはざまでもがきながら製作した芸術作品のようだった。被造物だけが手にすることを許されるたぐいの美しさを、少女は生まれながらにしてもっている。  だが、あやうい、と直感が告げる。触れてしまえば壊れてしまうのではという思いを禁じえない。言葉を交わすことさえ自分に許されるのだろうかとそこまで考えながらも、そもそも向こうが声をかけてきたのに答えないのも失礼だと声を発する。 「ナソーさんっていうんだ。アシナガ――一之木の知り合い?」  篝の知り合いはまずあり得ないので自然、そんな予想をしたのだが僕の浮かべた愛想笑いが引きつるまで待っても返事はない。  ナソーさんは耳にあてていた携帯を閉じて手を離すとそれっきり棒立ちになった。ふと背後で、ぶふうと噴き出して笑う声がする。
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