第一章

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 一瞬、篝とあのナソーさんと名乗る少女が頭をよぎったが、ちょっとの道草でぶうたれる篝ではないだろう。無気力な主人公の真似はやめて、せめて爽やかな笑顔を作る。 「いいね! いこういこう!」  青春真っ盛りだぜって顔をした僕に蛇渕さんはいっそう笑みを強めた。 「オッケー、じゃ放課後ね!」  かるく手をあげて応じると僕から離れて仲間のもとへ帰る。まったくなんだというのか唐突に、帰りにいっしょに買い食いをしようだなんて。  僕のお財布の中身を示したら哀れみとともに『あっ、ごめんね』というようなセリフが聞けただろうに僕はそれをしなかった。  自己の確立のために必要なことだと思ったのだ。クラスメイトの女子と買い食い、いいじゃないか。そこから、さらに彼女らの笑顔を引き出せたら万々歳なのではないかとも思える。  しかしだ。  しまった、とも思う。僕にはいまだに笑顔を引き出せるような鉄板ネタはないのだ。物真似はアシナガを除いては完成度の高いものはない。  アシナガの真似をしたところで首を傾げられるのがオチだ。流行している俳優の真似でもしようかと思うが、さすがにいまからでは練習は間に合わず、本日でもう『つまらない人間』と思われてはつぎはないだろう。  いやいや……待て待て、落ち着けよ僕。これじゃあまるで浮かれているみたいではないか。
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