第一章

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 変に気負うんじゃない。笑顔にするのは結構だが失敗したらどうするよ。今日は様子見でいいんじゃないか? いきなり物真似全開ではひかれてしまうだろう。勇み足になりかねない。  話を振られたら差しさわりのないていどに冗談を交えよう。それでいい。  完成度が低いながらもうちの教師のなかで特徴的な人物の物真似ならできるのだ。空気を読んでタイミングを外しさえしなければ、それなりに笑い声を聞けるだろう。身内ネタは共感を得やすいはずだ。  蛇渕さんは、例の男子生徒にも近づいていた。彼のことは内心で文学くんと呼ぼう。  そして、ははーん、と合点がいった。  突如、親しくもない男子生徒たる僕に声をかけたのは、孤立した男子生徒を救済するような心情がゆえなのだろう。  さすが委員長気質。しかし勘違いしてもらっては困るよ蛇渕さん、僕はべつに孤立なんてしていない。  男子連中ともそれなりに仲良くやっている。ただ、彼らのノリについていけないことがままあって、少し距離を置いているのが現状というだけだ。  結果、孤立しているように他人の目には映ったのだろう。  蛇渕さんは文学くんから離れて仲間のもとへと戻る。ちょうど校庭に出ていた生徒たちが教室に帰ってくる。文学くんは変わらず文庫本をひらいていたがそのページが繰られることはなく、その視線もぼうっと定まっていない。おそらく放課後のことで頭がいっぱいなのだろう。
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