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もっとも、自分の命がかかっているのだから、それも当然――と、考えた時だった。
(…………ちょっと待って)
はたと、思考を止める。
自分は今、鬼を目で追うことができている。それどころか、表情を見る余裕さえある。それは何故か。
もちろん、奈々子の視力が劇的に良くなった、という可能性は捨てていい。もっと単純に、鬼の動きが鈍っていると見るべきだろう。いくら鬼といえども、下顎を再起不能に近いところまで壊されたのだから、別に不思議なことではない。
しかし、奈々子の頭の中には、即座に次の疑問が浮かんだ。
(何で逃げないの?)
満足に動けなくなるほどの手傷を負ったのだ。野生動物なら、いつ致命の一撃を叩き込まれるか分からない危険な戦闘を続けるより、身を隠して少しでも傷を癒そうとするのが自然ではないか。もちろん、鬼を純然たる野生動物と呼ぶには、いささか以上に抵抗はあるが。
もしかして、鬼は逃げないのではなく、逃げられないのではないか。だとしたら、その理由は何なのか。
懸命に頭を働かせていると、咲人が柄に右手をかけた。
(ちょっ、もう!?)
あの猛攻を掻い潜って攻撃するなど、素人の奈々子から見ても絶対に不可能だ。あまつさえ、彼は左腕を負傷している。たとえ抜刀することができたとしても、バランスが危うい中では、振ることすら難しいだろう。
せめて、鬼の隙がはっきりするまで待ってもらわなければ。北条の耳からインカムを取ろうとするが、焦っているせいか、指がもたつく。
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