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そのおかげ、と言うべきだろう。横たわる彼の体が、目に入る。
「……見つけた」
「あ?」
呆気にとられる幸三を無視し、インカムを起動した。
「咲人くん!」
『……早く逃げろ』
「ごめん、でも聞いて!」
明らかに迷惑そうな声色だ。ごもっともだったが、そこは強引にねじ伏せた。
「攻撃するなら、もう少し待って! すぐに隙ができるはずだから!」
『何故だ』
「あの鬼、さっき何を食べた?」
『……北条だろう』
「違う! 北条さんの右腕を食べたの!」
咲人がかすかに目を見開くのを、遠目に確認されながら、今度は静かに告げる。
「イソギンチャクの刺胞の毒を、直接注入された右腕を」
北条の様子を見れば分かる。仕組みは分からないが、彼が受けた毒は非常に強力なものへ変化していた。鬼の免疫力が人より優れていると仮定しても、直接腹に入れたのだから、何らかの異常が生じているはずだ。
自分を守ってくれる家族がいないのに、毒で満足に動けない体で逃げれば、遅かれ早かれ、準備を万全に整えた咲人に殺されてしまう。リスクを冒してでも咲人を殺し、それからじっくり傷を癒した方が、生き残る可能性は高くなる。だから、あの鬼は逃げずに立ち向かっているのではないか。
「北条さんと同じレベルの熱を出しているなら、じきに意識も朦朧としてくる! 正直すごく危ないけど……」
『隙ができそうなら、教えてくれ』
奈々子の言葉が終わらないうちに、鬼の爪をかわしながら、咲人は言った。
『頼む』
出発する前と同じ――背中は預けるという、意思表示。
「……任せて!」
咆哮で応じると同時に、素早い一閃が咲人の上着をかすめた。黒い生地が地面に散る。
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