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夜の闇ごと断ち切るような一閃は、毛皮に覆われた腹を引き裂いた。堰を切ったように血を溢れさせ、上半身が地面に転がり落ちる。左腕を失い、顎を叩き割られた今、鬼は文字通り手も足も出ない。
しかし、まだ生きている。残された右手で土を掴み、懸命に這いずろうとしている。
「咲人くん、まだ……!」
『いや』
慌てる奈々子に対して、咲人は冷静だ。ゆらりと振り返って目を細める。
『もう長くない』
珍しく憂いを含んだ声の先。鬼が目指しているのは咲人ではなく、奈々子たちでもなく、
「…………」
兄弟の遺体だった。
精根尽き果て、ゆるゆると這うこともできなくなった鬼は、目いっぱい伸ばした右腕を地面に横たえる。一つきりの黄色い瞳に、赤黒く汚れた兄弟を映し、何かを訴えるように目を離さない。
その視線の先で、遺体が崩れた。
肉も骨も、まるでクッキーのように割れてはこぼれ、血の池に溶けていく。咲人たちが鬼の死骸を処分しなかった理由の一端を察した奈々子だが、観察するのはそちらではなかった。
犬を取り込んで三角形になった耳と、黒々とした鼻。双方を弱々しく震わせた鬼は、
「――――きゅ、ん」
子犬が悲しそうに鼻を鳴らすような声を上げ、動かなくなった。
「…………」
何かが胸からせり上がってくる。言葉が出ない。
奈々子の心情を知ってか知らずか、咲人は砂利を踏みしめて近づく。指の一本も動かない鬼の傍らに立ち、愛刀を慣れた手つきで操って、逆手に持ち替えた。まだかすかに妖気を這わせる刃が、切っ先を下に向け、無慈悲に光る。
静寂は一瞬。振り下ろされた刀が鬼の脳天を貫き、大地を噛んだ。
『……目標沈黙』
最後、引き抜いた刃を一振りし、血を払いながら呟いた咲人は、
『討伐完了』
どこか、辛そうな顔をしていた。
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