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愛刀を鞘に納めるのも忘れ、咲人がこちらにやって来る。黒と銀で鮮やかに彩られていた隊服は、血と土埃で派手に汚れ、もはや見る影もない。特に左腕は、その中身と一緒にずたずたになってしまった。足取りもふらふらと危うく、今にも倒れてしまいそうだ。
それでも、立ち止まらない。歩くにつれ、だらりと脱力した右腕の先で、【童子斬】の剣尖が砂利に触れる。刃が硬い泣き声を上げても、歩調は変化しなかった。
「…………」
奈々子はインカムのスイッチを切り、立ち上がる。ふと目をやれば、北条は幸三に上半身を支えられたまま、静かに眠っていた。寝息が聞こえないことが、ただただ悲しい。
彼の前に片膝をついた咲人は、どう思っているのだろうか。
「……北条」
呼びかけに、答えは返ってこない。それを見届けた咲人は、立てた右膝に額を押しつけるようにうつむいた。立ち尽くす奈々子には、彼の表情を窺うことができない。
やがて、淡々とした声が響く。
「終わったぞ」
もっと他に言うことがあるんじゃないか、と言ってやりたくなるような、平坦な報告。
「全部……ちゃんと終わった」
それでも、奈々子は気づいた。気づいていない振りをした。
(……『ありがとう』……)
かすかに垣間見える咲人の唇は、声に出さないだけで、確かにそう動いていた。
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