一章

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 故に、ホームルームが終わり、地理担当の萩原が前回の授業を振り返っても、ほとんど話を聞いていなかった。 「――以上のことから、地球の気温上昇は百年前から顕著になったということが分かったわけだね。最近はそこまででもないけどね、昔はどの国も大騒ぎしてたよ。先生が子供の頃は、この辺りも時たま雪が積もったものだけどね、今はほとんど降らないからねぇ」  教壇に立つ年配教師の言葉を聞き流しながら、ヒヨドリについての記述を書き加える。とにかく思いついたことを並べ、清書段階で校正するのが、奈々子のやり方だ。 「とはいえ、今でも続いてる問題は多くあるわけだよ。海面上昇で島国が地図から消えたり、それで難民が溢れたり……日本でいうと、漁業に影響が出たのがいい例だね。いや、まあ、良くはないけどね」  ちら、と左斜め前を見た。同級生の神山が、たびたび手を動かし、ノートに何か書き込んでいるのが見える。  恐らく、萩原が「ね」と言った数を数えているのだろう。彼は生徒の人気を集める一方で、その特徴的な話し方をからかわれている。  眺めるのはそこまでにして、目の前のレポートに意識を戻した。観察というほどではないが、人の言動や行動を注視してしまうのは、もう奈々子の癖である。 「そんなわけで、今日からは気候の変化と、それが産業に与えた影響を、地域ごとに見ていくからね……いいかな、榎木さん」 「え、あ、はい!」  突然名前を呼ばれ、慌てて顔を上げる。  過剰に反応してしまったからだろう。萩原もクラスメートも、おかしそうに笑いながらこちらを見ていた。 「一生懸命なのは素晴らしいけどね、今は地理の授業中だから。休み時間まで待ってもらえるかな?」 「はい、すみません……」 「あと神山くん。しっかり聞いてくれるのは嬉しいけどね、先生の語尾じゃなくて内容にも注目してほしいかな」 「善処しま~す」 「いや、あのね、善処じゃなくてね……」  神山の、やる気がありません、と言わんばかりの口調に、あちこちで失笑が漏れる。肩をすくめた萩原は、手にしていた教科書を教卓に置いた。
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