一章

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「いいでしょう。じゃあ授業の前にね、もう少し君たちが興味ありそうな話をしようか」 「蝦夷地の話っスか?」  途端に食いついたのは、先程までおざなりな態度だった神山だ。他の生徒も、なんとなく期待するような眼差しを向けている。  こほん、と咳払いをした萩原は、満足そうに微笑みながら言う。 「君たちも、もう二年生になったわけだからね。地理の授業の範囲内で、ね」 (……今だっ)  なんとなく話の内容を察した奈々子は、素早く体勢を変え、再びペンを走らせ始めた。そんなことを目を輝かせながら聞くほど、彼女は純粋でもなければ無知でもない。 「さっきも言った通り、この一世紀の間に世界中で気温が上がってるのね。人間が悪影響を受けているのも……」  生徒の注目を集めてご満悦の萩原は、彼女の様子に気づかないまま語り出す。それを片耳で聞きつつ、ヒヨドリのスケッチを描き足した。 (尾羽根に白がなかったから、先週見たのとは違う子だよね……まだ若そうだったし、新しい群れのボスだったりして)  考えるだけで楽しい。意図せずして頬が緩む。 (今日は西側だったけど、明日は東側も見るべきだよね。明後日からはゴールデンウィークだし、東西南北を区分けして生物の移動を追って……いや、いっそ気温と雨量も関連づけて豪華にやった方が――) 「榎木さん」  名前を呼ばれた。最初ほどではないが、びくりと肩を震わせてしまう。  再びクラス中の注目を集める少女に、先程より乾いた苦笑が刺さった。 「昼休み、職員室に来てね」 「……はい」  同じく乾いた笑みを浮かべる以外、何もできなかった。  県立舞浜高等学校二年二組所属、榎木奈々子。  生物に夢中になると周りが見えなくなる性格から、ついたあだ名が『生き物係』。  ***
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