一章

6/23

517人が本棚に入れています
本棚に追加
/123ページ
 ***  厳重注意を受けた放課後のこと。 「はぁ~……」  奈々子は深いため息をつきながら、フェリー乗り場への道を歩いていた。  鞄がやけに重く感じるのは、その中のプリントのせいだ。枚数は多くないものの、ゴールデンウィーク明けまでの追加課題として渡されたのである。科目は当然、地理。  弁当を食べながら内海に愚痴ったが、彼女はだし巻き卵をつつきながら、 『昔の人はね、そういうのを自業自得とか、因果応報って言ったんだよ』  ほんわかした口調に似合わない、棘のある言葉で一蹴するばかりだった。 (そりゃあ、悪いのは聞いてなかった私だけどさ……)  すでに知っている話の、一体何に興味を持てというのだろう。拗ね気味に考えながら横を向く。  奈々子の通学路は、フェリー乗り場から校門まで、ずっと太平洋に面している。しかし、彼女は本土で海に沈む夕日を見たことがない。部活動に所属していないため、終業のチャイムとほぼ同時に校舎を出るからだ。  水平線は今日も青い。短い髪を潮風に揺らしながら、呆然と海を眺めて考える。 (とりあえず、帰ったらカメラの手入れして、それから……)  課題を先に片づけようとは微塵も思わない彼女は、すぐに舞浜フェリーターミナルに到着した。係員に定期券を見せ、待合室を目指す。  離島の多い地域ではあるが、五時にもなっていない今、島に帰る人はほとんどいない。フェリーで通学している生徒も奈々子くらいのものなので、室内は今日もがらがらだろう。予想しながら自動ドアに手をかざし、開ける。 (……あれ)  意外なことに、そして珍しいことに、先客がいた。  歳は奈々子と同じくらいだが、私服を着ているため、学生かどうかは分からない。手すりにもたれかかり、ガラスの向こうに広がる海を眺めている。足元に置かれた旅行鞄は、大きさの割に、あまり荷物が入っていないようだ。
/123ページ

最初のコメントを投稿しよう!

517人が本棚に入れています
本棚に追加