(序)

2/3
前へ
/146ページ
次へ
 窓を叩く雨の音でやっと眠れそうだった頭が覚醒した。暗闇にも馴れてしまった視線を空間へと向けて、ふぅと溜め息をついた。  室内には激しく降りしきる雨の音が響く。そして寝返りを打ったシーツの衣擦れの音も。  ――何時だ?  藤岡悠希(ふじおかはるき)はベッド脇のサイドテーブルに置いてあるスマートフォンを探り寄せて、明るく灯った液晶画面を見た。  午前二時。先ほど確認した時は一時半だった。  まだ、三十分も経っていないのか。  ここのところ眠りが浅くて困る。  別に昼間に眠気が来ることは今のところは無いのだが、このまま十分な睡眠が取れなくなると、近い内に仕事に支障をきたすだろう。  また、睡眠導入剤の世話になるしか……。  そう思っていた時、不意に手の中のスマートフォンが甲高い電子音を響かせた。  電話? 誰だ、こんな時間に。  液晶画面に表示されているのは、見たことの無い電話番号だ。非通知では無いと言うことは、こちらに自分のことが知られても良いのだろう。  普段ならどこからか分からない電話など無視を決め込むのだが、なぜか今夜は外の雨の音が耳についてしまい、つい、悠希はその電話に出てしまった。 「――、もしもし?」  耳にあてたスマートフォンの向こうで、ハッと息を呑むような音が聞こえた。 「あの……、藤岡?」  探るような小さな声がする。だが、悠希にはなぜか聞き覚えがあった。 「……そうですが」  応えた悠希の声にスマートフォンの向こう側の緊張が一気に解けた様な気がした。 「あのさ、俺、オオタ。前の会社の同期の。覚えてる?」 「……ああ、太田か。覚えているよ、久し振りだな」  幾分、うろ覚えになっている同僚の顔を思い出してみる。  あの頃、幾人かの同期入社はいたが、顔を思い出せるのはほんの二、三人だった。 「こんな時間に電話してごめんな、藤岡」 「いや、起きていたから別に良いけれど。でもなぜ、この番号が分かったんだ?」  あの街を出る時に、悠希はあそこに繋がる全てのものは捨てて行ったはずだった。なのに、どうして……。
/146ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1299人が本棚に入れています
本棚に追加