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久し振りに降り立ったその駅は、随所に懐かしい香りを漂わせていた。以前は毎朝のようにこの駅から職場へと通い、あの人と顔を合わせていた。
悠希がこの街を出て、もう三年になる。
駅前の様子は表口はあまり変わりが無かったが、裏口は再開発のためか古いビルは全て壊されて、だだっ広い空き地に大型重機が何台か動いていた。
あの電話の後、結局眠れずに朝を迎えて現在の勤め先に行き、翌日の有給休暇を申請をした。
特に問題も無く申請は受理されて、こうして久し振りにこの街へ朝早い新幹線でやって来た。
だが、悠希がこの街に留まるのは一日だけだ。目的が果たされたら直ぐに東京に戻る予定だ。
スマートフォンで昨日、太田から来たメールの内容を確認した。場所や時間を後で詳しく伝えたいから、と言われて渋々教えたアドレスだ。今日が終わればアドレスを変更するか、元同僚からの連絡は着信拒否をするつもりだ。
葬儀は午後一時から。寺町と言う、本当に寺ばかりが建つ地域の寺院で執り行われる。
少し早いけれど腹ごしらえをしていくか――。
やけに冷静な自分にどこか違和感を覚えつつ、悠希は改札を抜けて目についたカフェへと足を向けた。
件の寺院へは路面電車でも行けるのだが、面倒臭くなって駅前からタクシーを利用した。
タクシーの中で首元に黒のネクタイを絞める。運転手には悪いがルームミラーに写る自分の服装をチェックした。
――真っ黒だ。
やけに黒ずくめの自分の姿に悠希は苦笑いをした。
コートは普段から通勤に使っているものだが、白のワイシャツ以外は見事に真っ黒だ。久々に引っ張り出した黒の喪服とネクタイと靴。一応、手にしている鞄も黒っぽい物にした。
相対して自分の顔色は紙のように白い。
いや、白を通り越して存在自体が薄くなっているようだ。
――顔色、最悪だな。
思えば昨夜も満足に眠れなかった。当然、行きの新幹線でも長い時間乗っていたわりには一睡もしていない。これはいよいよ薬の出番だと、悠希は覚悟を決めた。
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