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 久々に戻ってきた街の景色を懐かしむ間も無く、タクシーは目的の寺院の入り口へと横付けされた。料金を支払って後部座席から車外に出ると、冷たい空気に身震いをした。  空を見上げると今にも泣き出しそうなどんよりとした厚い雨雲が辺りを覆っていた。自分をここまで連れてきてくれたタクシーを見送って、しばし大きな寺院の門から中を眺める。門に掲げられた葬儀看板には今日の主役の名前が書いてある。 『故 各務昭雄 儀 葬儀式場』  ――各務昭雄(かがみあきお)  故人への最期の別れを告げに来た参列者が大勢いて、皆、式が執り行われる本堂へと吸い込まれていった。悠希も自分の名前を記帳するべく受付へと向かう。  受付に立つ黒のスーツの男女は故人の職場の社員だろう。だが二人とも悠希の見知った顔では無かった。  香典を渡して受付を済ませると本堂へと足を向ける。その時、「藤岡」と本堂から出てきた男に声をかけられた。 「……太田」  記憶の底にしまった元同僚と男の姿をオーバーラップさせる。最期に一緒に仕事をしていた頃よりも彼は一回り横に大きくなっていた。 「本当に久しぶりだな。元気だったか?」  気のいい笑顔を見せてくれる元同僚に、久しぶり、と返事をした。 「山本や鈴木も来ているんだ。こんな時でなければ、再会を懐かしんだりも出来るのだろうけれど」  そうか、と生返事をして悠希は名前を上げられた二人を思いだそうとしたが、無駄な努力だとやめた。 「それにしても、藤岡は見事に見た目が変わらないな。入社した頃のままだよ」 「そんなことは無い。あれから十年も経てばそれなりに年は取るよ」  本堂へと案内されながら、太田の言葉に悠希は素っ気なく応じた。 「おまえが会社を辞めて三年か。一度もこちらに帰ってなかったんだって?」  ああ、とまた素っ気なく返事をすると、さすがに太田は悠希の態度に気がついたようだった。玉砂利が散った石畳の上を二人黙って歩いていく。本堂へと着いた頃には、とうとう雨が降り始めた。曇った空模様を太田が眺めて、 「降り出したか。……部長、雨男だったもんな」  静かに落ちてくる銀の糸を見つめて、悠希は「そうだったな」と呟いた。
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