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本堂に並べられたパイプ椅子の一番後ろの列に座る。すでに座っていた元同僚の二人はやはり、久しぶりだな、元気だったか、とだけ悠希に言って、あとは黙ってしまった。
近頃は畳に直に座らないのか、と思いながら白い花を基調に飾られた祭壇へと目を向けた。
正面には小さく彼の生前の姿、そしてその下には彼の亡骸が納められている箱。あと数時間もすれば、その箱ごと彼の肉体は焼かれてしまい、さらに小さな器に納められるのだろう。
ヒソヒソと静かな中にも小さな囁き声が、そこここで響く。その中には隣の太田が悠希に話しかける声も混じっていた。
「おまえが会社を去ってからしばらくして、部長の病気が解ったんだ。癌だったんだよ」
癌――。
「それでも仕事は辞めずに療養されていたんだ。何度か手術と入退院を繰り返してさ。だけど、とうとう三か月前に会社も退職されて、それきりになっちまった」
「……そうなのか」
「藤岡はあれほど部長に可愛がってもらっていたのに、今までに何の連絡も取らなかったのか?」
その問いかけを悠希は無視をした。
「まだ四十八だぜ。下の女の子は今年、高校生になったばかりらしい」
目の前の少し遠い祭壇の右横に視線を移す。
そこは親族の席なのだろう。確かにどこかの学校の制服を着た女の子が、しゃくりあげるように肩を震わせながら俯いている。彼女の隣には喪服を着た女性、多分、故人の妻だろう。弔問客に暗い顔で挨拶をしていた。
しばらくすると祭壇の前に僧侶が進み出てきた。静かでも騒がしかった本堂の空気も重い緊張に包まれる。僧侶が故人を悼むように経を読み始めると、木魚の音と低い読経だけが場を支配していった。
パイプ椅子に座った参列者は皆、静かに故人に思いを馳せていた。だが、悠希の目には乾いた彼の遺影の笑顔だけが映っていた。
遺影の彼を眺めていると、悠希はふと、どこからかの視線を感じた。隣の太田かと思い横目で彼を見たが、太田は沈痛な面持ちで祭壇を見ている。
――違うな、この視線はそんなに近い場所からではない。
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