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細く刺さるような視線の気配を悠希は追っていく。それは祭壇の近くから投げかけられているようだ。親族席へ少し顔を向けて視線の主へと辿っていくと、そこには一人の青年がこちらをじっと見つめていた。
瞬間、青年と視線が交差する。すると彼は一度きつく悠希を見て、読経を唱える僧侶へとその目を移した。
――あの顔……。
見知ったその顔に悠希の胸が一つ大きく鼓動した。思わず隣の太田に低く問いかける。
「太田。あれは誰だ?」
「ああ。あれは各務部長の息子さんだよ」
「……あれが?」
思わず驚きで声が大きくなりそうになった。
「確か去年、大学を卒業して、今は東京の企業に勤めているらしいけれど」
彼のことは憶えている。
以前に一度だけ、数日間を共に過ごした。しかしそれは随分前のことで、当時、子供だった彼と祭壇近くの彼の面影が重ならない。そして何よりも……。
「良く似ているな、各務部長に」
悠希の心の内を代弁するように、太田が言った。
*****
流れる読経の中、参列者の焼香が始まった。前の席のほうから順番に祭壇の遺影の前に立っては故人に手を合わせ、そして残された遺族に対し一礼をしていく。
プログラミングされたようにその作業を皆、淡々とこなしていき、やがて悠希もその列に加わった。目の前を歩く太田のきつそうな首回りを眺めて、これで息が詰まったりしないものなのかとぼんやりと思った。
前の元同僚三人の焼香が終わり、やっと悠希の番になった。焼香台の前に立って祭壇の故人の遺影を見つめる。
この笑顔は忘れもしない、あの人の心からの笑顔だ。いつ撮られたの写真なのだろう。だが、悠希と撮ったものでは無いことは明らかだ。
そして白い布で覆われた長方形の箱。背が高く体格も良かったあの人がこんなに狭い箱に納められているのかと思うと、悠希はなぜか呼吸が苦しくなった。
指先にざらつく香を一摘まみして焼香を済ませる。手を合わせ、もう一度、彼の笑顔を眺めたが、やはり何の感情も湧き出ては来なかった。
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