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「あつくなってきたねぇ」
「そうだな……って、コラ。飲み過ぎんなよ」
白髪を指で弄びながら、中性的な顔立ちの少年が呟く。
少年は青い瞳をぱっちりと開くと、勢い良く背後を振り向いた。
「あにき!」
「……だいぶ酒臭いな?」
兄貴と呼ばれた、少年より年上に見える彼はこの軍の頭領。
しかし苦笑しながら少年の隣に座る彼の手にも、しっかりと酒瓶が握ってあった。
「そんなことないよー」
「あんま飲むと明日に響くぞ……っつっても、うちでは日常茶飯事か」
「おしゃくしまぁす」
「別に手酌で……こら、溢れてる溢れてる!」
トックトク、なんて小気味良い音が鳴る。
独特の匂いを持つ半透明な酒が、慌てる頭領の手を垂れていった。
「どうぞ」
「……イタダキマス」
ご機嫌な少年を一瞥すると、頭領は杯を軽く呷った。
少年はそれを見て更に笑みを深めると、自分の杯にも酒注いで一気に飲み干した。
「おい、マリン」
「なあにー?」
「……今日みたいなことは、もうやめろよ」
赤い髪が影を落とす。
頭領の燃えるような瞳は、今はその陰に飲まれてしまっていた。
東軍は元海賊の集まる、荒れくれ者の多い軍だ。
当然トップのやり口に気に入らない奴は、実力行使で不満を訴える。
それ自体は珍しいことではなくて、珍しかったのは頭領である彼の方だった。
偶然にも彼の獲物は手入れ直前の脆い状態であって、一度打ち合っただけで壊れてしまったのだ。
パキンという音を聞いた時には、とっさに両者が動きを止める。
不満を訴えた者にとっても頭領は一応はファミリーで、命を奪うつもり無かったのであった。
どちらもが、もう遅いと直感的に悟った。
振り下ろされた剣を受けたのは、しかし頭領たる者では無かった。
目の前をスローモーションで過ぎる銀髪を見て、悲鳴のように声が上がる。
騒ぎに駆けつけた誰もが、その声が自分達の長である少年から発せられたものとは気づかなかった。
「気持ちは嬉しい。だけど、俺は頭領だから。下の者の不満を受けるのは当たり前で、お前に怪我をさせるのも嫌だ」
「そっかぁ」
樽の上にトンと腰掛け、足をぶらぶら揺らして少年は笑う。
その肩には綺麗に包帯が巻かれていて、それは傷跡も残らず一週間後には取れる予定だそうだ。
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