依代

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依代

雨待ちの彼女  シトシトと降り続く雨の下、彼女がずっとそこで雨宿りをしていることは、随分前から知っていた。  いつもは知らないフリをして通り過ぎてしまうのに、今日はそこで立ち止まって傘をたたんだのは、どうしてだったんだろう。  彼女と同じ軒下に入って、たたんだ傘を片手に空を見上げる。  うっすらと曇った空から滴る雫は、霧雨と呼ぶには強く、篠突くと表現するには弱い。  そんな空を、彼女はずっと、微動だにせず軒下から見上げていた。 「……誰を待っているの?」  彼女がただ雨宿りをしているわけではないと、俺は知っている。  全身を濡らした彼女の頬が、雨以外の雫に濡れていることも。 「待っていても君の待ち人は来ない。……そのことは、分かっているね?」  前を向いたまま声を放る。  空を見上げたままその言葉を受けた彼女が、始めてうつむいた。  細く何か言葉がこぼれる。  だけどその言葉は、俺の鼓膜を震わせるほど強くはない。 「……待っていても来ないなら、君が迎えに行けばいい。君はもう、ここに囚われなくてもいいんだよ」  傘を、広げる。  自分で差すためではなく、彼女に差しかけるために。 「待ち人、捕まえられるといいね」  広げた傘を、彼女の足元に置く。  はっと跳ねあげられた顔には、涙に濡れてもなお美しい瞳があった。  彼女の指が傘を取り、そっと肩口に傘の骨があてがわれ、躊躇うように足先が軒下から出る。  その瞬間、ふっと彼女の姿はそこからかき消えた。  タン…タン……と余韻を残して、零れ落ちる雫が止まる。 「送ってあげたんだ、彼女」  薄日が差す空の下には、消えてしまった彼女の代わりに見慣れた少女が立っていた。  ついさっきまで雨が降っていたにもかかわらず、彼女の手には傘がない。  それでも彼女の体は、一切雨に濡れていなかった。 「雨が降るたびにここの軒下に現れてた、雨待ちの幽霊。どういう風の吹きまわし? あれだけ放置していたくせに」 「たまにはいいだろ、こういう気まぐれも」  俺は気のない声で答えると、彼女の元へ歩み寄るために軒下を出た。  雲を割って現れた青空には、眩しいほどの虹がかかっていた。
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