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第一章)狂気の月
レンは豪華な蔦模様のあしらわれた総司令部前の扉で立ち尽くしていた。
暫く着ていなかった狩人の証である真紅の外套がやけに重く体に馴染まない。
丁寧に磨かれた編上げの革靴を履く足は、細く頼りなく感じる。
あれから二週間程経っただろう。
ケルーヤの葬儀は厳かに執り行われ、遺品も全て回収された。
ケルーヤの使っていた外套、弓矢も、全て、何もかも。
一般兵とは違い人狼を相手にする特殊な任務上、狩人として従事した者は持ち物を全て焼却しなければならないという決まりがあった。
これは討伐部隊に入隊する時、全員が総司令官の前で宣誓する一つである。
一つ一つ彼女が触れた一切の物が運び出されていく度に、死を受け止め無ければならないのがレンにとって辛かった。
唯一、残った物──
レンは手のひらに収まっている小さな銀の首飾りを握り締めた。
これは彼女が幼い頃から肌身離さず持っていた物。
目を真っ赤に腫らした彼女の両親が葬儀が終わった後に渡してくれたのであった。
処分される前に、ケルーヤの母親がこっそり持ち出したという。
──きっと、ケルーヤも貴方といたいだろうから......──
──あの子が成し得なかったことをしてくれ──
彼女の両親から受け取った首飾りは、一切の曇りなく輝く。
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