第二話 版画の館

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 じっと見ていると、店のマスターが話しかけてきた。 「その絵、あまり見ない方がいい」 「?なんで?」 「つきまとわれる」  マスターが何かを言いかけたとき、後ろでドアが開く気配がした。陰気な雨の匂いとともに、長身の男が傘を畳みながら入ってきた。  男は望海の背中を通り過ぎると、ジャケットを脱ぎながら望海から二つ離れたスツールの椅子に腰かけた。一連の動きがなめらかで、望海はグラスを傾けながら、さりげなく男を眺めていた。いつの間にかマスターは望海の隣からカウンターの奥へと移動していた。  男が首を動かしてこちらを見ようとしたので、望海は慌ててグラスをさらに傾けたが、中身はもう無かった。 「すみませーん、これもう一杯」  奥のマスターに声をかけた。  不愛想なマスターは手早くチンザノロッソを作り、望海の前に置いた。 「すごく強い匂いだね。それ、なんですか?」  まさかと思ったが、男が望海に声をかけてきた。始めはマスターに言ったのかと思ったが、マスターはすでに背中を向けていた。望海は嬉しさと警戒心を覚えながらも答えた。 「んと、チンザノってやつです」 「ふうん」  興味があるのかないか分からないような返事をして、男は「赤ワインお願いします」とカウンターの奥に声をかけた。  運ばれてきたワインを手にした男は、勝手に望海に「乾杯」と言ってグラスを上げ飲んでいる。望海はどうしていいか分からず、先ほどまで見ていた絵に、また目を戻した。 「あれ?」  森の中を走っていた電車が、角度を変えてこっちに向かって走ってくるように、望海には見えた。
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