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不思議そうに絵を見ている望海に、男は「絵が好きなの」とニコニコと笑いながら話しかけてくる。
望海は男の顔を見ながら、雨の日に出歩くのも悪くないな、と思い始めていた。
一通り飾られている版画を見て、望海はまた始めの山岳地帯が描かれた絵の前に立った。身体を曲げて、山肌に移った自分の顔をもう一度眺める。
どれだけ時が過ぎただろうか。ふと背後に人の気配を感じた。
山肌に映っていた望海の顔の横に、別の顔が映り込んでいた。一瞬にして恐怖を感じ、身体が硬直した。首筋に息遣いがかかる。
(…来たんだね)
声がしたが、脳の中から響いてくるように望海には感じられた。
(あの山の麓にある小屋に、住みたいと思わない?)
望海は、バーで見た顔から眼を離せなかった。それでも懸命に口を動かした。
「やだ、やだ、や、だ、やだやだやだ」
助かる呪文のように呟いていると、望海の首に繊細な指を持った男の大きな手が伸びてきた。自分の首がやけに白く見える。その首に指が掛かる。
「ひっ」
喉の奥で声を上げると、額に映った顔がにこやかに嗤った。望海の首元で指が優雅に踊っている。やがてその両手が指を組み合わせた。
「ぐう」
望海は苦しくてその手に爪を立てた。深く食い込ませて皮膚をえぐるようにむしったが、山肌に映った男の顔は嬉しそうに嗤うだけだった。
呼吸が途絶えるときに、望海は「ケケケ」と嗤う声を聞いた気がした。
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