第三話 ポルフレクサンの波止場

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第三話 ポルフレクサンの波止場

ああ苦しい。けれどなんとか顔は浮かんでいることができる。両手を動かして、足で水を掻いて。  足のつかない水の中で、宗方晴香は両手足を動かすことを幾度止めようと思っただろう。一度手を止め、足を止めるが、顔が沈むたびに息苦しくて四肢を動かしてしまう。始めは心地良かった波音だが、そのうち耳に入り込む海水に強い不安を覚えた。幼い頃に中耳炎と外耳炎を患った経験があるから。けれど、気が遠くなるほどの時間を過ごしてしまえば、脳も神経も麻痺して些細な事が気にならなくなる。ずっと水に浸かっているため、震えが来るほど身体は冷え切っていた。低体温とはこういうことだろうか? 仰向けになり手足を広げれば、水面に顔を浮かせることができるというのは、テレビでの災害特集で学んだことだった。それでも、いつ沈んでしまうか分からない恐怖で口をパクパクさせてしまう。そう、あの絵の中に突如現れた魚のように。  晴香はもう一度、傍に浮いているトランクに手を伸ばした。先ほど無我夢中でしがみついたとき蓋を開けてしまったため、空のトランクは中に水が入ってしまっていた。いや、元々蓋は少し開いていたのかもしれない。  再就職の面接に落ちるたびに、コンビニに行って安価のワインを買う。無駄使いをしている身分ではないが、自分を慰めてやらないと、次の面接を受ける気力が湧かないのだ。  今日も面接を終えて電車を待っていた晴香は、着慣れないスーツにも疲れていた。 「フレアースカートって嫌いだ」  駅のホームで小さく呟く。 (流行りだかなんだか知らないけど、お尻大きく見えるじゃん。すげー落ち着かない)  疲れのせいで気持ちが沈み、自分で選んだスーツを憎々しげに見下ろした。  来た電車に乗ると、サラリーマンの帰宅時間にぶつかっていたので、空いている席は無かった。今日の面接は人事の担当者からの連絡で面接時間が押したのだ。 「もしここの会社受かったら、朝も激混みの電車に乗るんだろうなあ」  通い始めればそれが当たり前になり、出勤できる、と自分に言い聞かせ、まずは受かることを祈った。
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