第一話 乗車拒否1

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第一話 乗車拒否1

 林田空太は見上げるような豪邸の前に立っていた。テレビでよく「芸能人のお宅訪問」と言って出てくるような類の家だ。「新築で綺麗な家」というレベルではない。本当の豪邸というのは、門構えからして違うのだ。門から玄関までが二十歩以上あるなんて!  しばらくドアの前で佇んでいたが、誰も出てこないし物音もしない。仕方なく怖気づくような気持ちでインターフォンを押した。  思ったより早く応答があった。 「クウタさんですね。お待ちしてました。どうぞ中にお入りください」  今では一般的になったテレビカメラで、どこからか見ているのだろう。てっきりドラマで見る召使などが出てきて招き入れられるものと思っていたが、そうではないらしい。空太は重みのあるドアを開けて、中に入った。  入ったところは吹き抜けのあるホールだった。二階に続く階段を登り切ったところに、白いシャツに黒のパンツスーツを来た長身の日向敬一郎が姿を現した。 「こっちだよ」  そう言うと、すぐに引っ込んでしまった。空太は慌てて階段を上がる。階段の壁沿いに油絵が掛けられていた。美大生の空太は絵を見るのが好きだったし、緊張を解くためにも飾られた二枚の絵を眺めながら階段を上がった。  一枚目は鬱蒼と生えた森に雨が降っている絵だった。二枚目は一車両しかない緑色の電車がクローズアップされた絵だ。中には誰も乗っていない。  階段を上がり切って左に曲がると、右手に大きなドアが開かれていたので覗いてみる。まだ明るい夕方だというのに、部屋はすでにカーテンが引かれ、薄暗い中でぼんやりといくつかのランプが照らされている。その中で人々がワイングラスを持ちながら談笑していた。空太は影絵でも見せられているような気分になった。中央に大きな横長のテーブルが置かれている。近眼の空太が目を凝らすと、テーブルにはワインの瓶が何本も並べられていた。中に入って、敬一郎を探しながらテーブルに近づく。テーブルの上の皿には、小さく切り分けられた茹でてあるポテトやチーズ、ビスケット、ほの暗い部屋の中でも色鮮やかな果物が載せられていた。
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