第一話 乗車拒否3

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第一話 乗車拒否3

 グラスを見つめて考え込んだ空太を、敬一郎が見つめている。それに気づいた空太は慌ててその場を取り繕おうとした。 「俺、こんな普通のカッコで来ちゃったけど」  空太はラフなシャツにジーンズの自分の恰好を見下ろした。 「ああ、別に構わないよ。正装するっていうルールは無いから」 「そう、良かっ」  ガッシャン!と空太の言葉を飲み込んでしまうような、グラスが割れる音が響き渡った。敬一郎が音のした方へ駆け寄っていく。空太はそこに立ち止まって見ていたが、誤ってグラスを落としたのは、若い女性のようだった。泣きそうな顔で頭を何度も下げている姿が、空太には薄暗い中で何故かくっきりと見えた。街なかをおしゃれな恰好で歩く、どこにでもいる可愛らしい雰囲気の娘だ。空太はガラスが割れたこととその娘に少し興味を示し、近づいていった。 「ああ、そのままで大丈夫ですよ。洋服が汚れてしまいましたね」 「瓶が私の方に倒れてきて、ワイングラスに当たって…」 「いいんですよ。隣に部屋があるので、服をどうにかしましょう」  敬一郎は、床に落ちて粉々に割れたグラスの上に白い大き目のナプキンを落として、彼女を連れて部屋を出て行った。周りの人は皆こちらを向いていたが、やがてそれぞれの会話に戻っていった。空太もその場から離れ、テーブルにあるワインを勝手に注いだ。そして周りの人々をこっそりと観察した。  人を見下したように話す、若く見えるが紳士気取りの男。その女版ともいえる自意識過剰な発言を繰り返す二十代半ばの女性に、伏し目がちだけれど、どこかふてぶてしい感じがする二十代後半の男。テーブルの向こう側には二十代の綺麗な顔立ちの女性。けれど冷たい感じがする。相手の会話にもう少し頷けば感じが良いのに、彼女は冷たく話し相手を見つめたままだった。その話相手はよりによってリアクションが大きい。だから彼女は辟易しているのだろうか。
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