第一話 乗車拒否5

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第一話 乗車拒否5

 ドアを開けて廊下に出ると、一日を終えようとしていた夕日に空太の身体は包まれ、空太は少し心が落ち着いた。すると隣の部屋のドアがカチャと音を立てた。例えそのドアから敬一郎が出てきたとしても、空太はもう彼に会うのも怖かった。今度顔を合わせるのは、あの馴染み深いスポーツバーが良かった。  敬一郎が現れる前に、とそのドアの前をすり抜けたとき、ケケケと奇妙な笑い声が聞こえた気がした。空太の足は震えながらも駆け足になった。幸い、毛足の長い絨毯が足音を飲み込んでくれていた。  階段にたどり着き、急いで駆け下りようとして、途中でつい立ち止まってしまった。上ってきたときに見た絵画の中に、人がいた。緑色の電車のシートに若い女性が座っているのだ。しかも洋服には赤い染みがついていた。その下の油絵は、雨が降っている森のあちこちに逃げ惑う人の影が入り込んでいる鬼気迫る絵に変わっていた。 「ひぃぃ」  空太は生まれてから一度も出したことのないような悲鳴を小さく上げ、一目散に正面玄関に突進した。なぜか耳元でギュニッ、ギュニッと何かが避ける音がして、空太には敬一郎が後ろに立っており、その口の両端が耳まで避けたことを想像させた。 「ケケケケケ!」 ドアを開けて外に出た瞬間、屋敷に響き渡るような笑い声がこだました。空太はその声を聞いたとたん、腰を抜かした。
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