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「有料の展示はご覧になりますか?」
重ねて訊いてきたので、望海は反射的に「有料はいいです」と断った。
「そうですか」
残念、という言葉が聞こえた気がした。
望海はそのまま階段を上がって行こうとすると、「お待ちください」と声が掛かった。
「傘が濡れているので、こちらでお預かりします」
雨はすぐに止んだのでそれほど濡れていなかったが、確かに展示物が濡れでもしたら困るのだろう。望海は素直に傘を女性に渡した。女性はうつむいたまま、傘を受け取った。
吹き抜けの中央にある幅の広い階段を上ると、右と左に部屋がある。望海は間違えないように、「一般」と表示のある部屋に入ろうとして、ふと有料の部屋の入り口を眺めた。人のいる気配がする。どんな人が見にきているのか気になったが、階段の下から受付の女性がこちらを向いて立っているのが目の端に映った。望海が有料の部屋に入るのを注意して見ている、というよりも、先ほどまでの陰気な顔が、何か意味ありげに笑っているように思えた。嫌な笑いだった。
望海の今日の目的は、日本画の版画だった。版画が展示されている美術館はあまり無いのだが、ここは専用の部屋があると聞いたので、日曜の午後、雨降るなかを電車を二回乗り換えてここに来た。
入り口で一般の部屋を覗いたが、誰もいない。ロビーにいなくても、この部屋の中に何人かはいると思ったのに。
「混んでるよりはいいか」
小さく呟きながら、望海は壁に飾られた絵を入り口から順に見て廻った。
望海は美大を出たというわけではなかったが中学高校と美術部に所属していたので、今でも暇な週末には期間限定で展示されている美術館などに足を運んでいた。
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