第二話 版画の館

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有名な絵画も良いが、アマチュアの人たちの絵を見るのも楽しい。これが好きとか、この景色が綺麗とか単純な意見で楽しく見ていられる気がする。何気ない景色を他人がこんな目で見ているのだと思うことができる。  望海は、蒼い山が描き込まれた全体的に蒼い版画の前で足を止めた。濃淡のある山の岩肌、そのふもとには赤い屋根のテラスのある家が小さく描かれていた。ヒュッテだろうか。 もっとよく見ようと目を凝らすと、何かが岩肌を横切った気がした。振り向いても誰もいない。少し近寄ってもう一度絵を眺めてみた。 「あれ?私の顔かあ」  版画は額に入っているので、ガラスに自分の顔が映っていた。「なあんだ」と呟き、次の絵に足を進めた。  木の実を加えた二羽の鳥、淡い色に包まれた水平線。版画といえども色のついた絵画が何枚か飾られている。版画は木や銅または石などを彫刻刀やニードル、時にペンシルなどを使って描いていくものである。  望海は特に版画が好きというわけではなかったのだが、先週行ったスポーツバーに飾られてあった版画に興味を惹かれた。それは、森の中を行く小さな一車両の電車だった。   土砂降りだったが、家にまっすぐ帰る気が起きず、会社帰りに前に行ったことのあるバーに立ち寄った。一杯飲んで帰る予定でカクテルを頼み、望海は店の中を見回した。雨で週半ばだったためか、望海を入れて三人だけしかいない。すぐにグラスが運ばれて来た。 携帯をいじりながら飲み、画面を見つめるのに疲れて、壁に掛かった絵に視線を投げた。その絵は日本画で、森の濃淡が緑の重なり合いで爽やかな空気を生み出していた。周りには小雨が降っている。 「これ、油絵じゃないな。版画かな?」 その森の中を走る電車は何故か色濃く潰されているようなどす黒い窓があり、その隣の窓には女性の姿らしきものが描かれている。
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