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第0話 敬一郎
日向敬一郎は、土砂降りの夜、スポーツバーにいた。休日のこんな豪雨の中、バーに来たのは彼と林田空太の二人だけだった。敬一郎は空太と話すうちに、彼がワイン好きだと知った。そして空太を、自分が主催するワインの試飲会へと誘った。
空太は言われたとおり、試飲会が催される豪邸を訪ねた。敬一郎に招かれて、美大生の空太は二階へ上る階段の壁沿いの二つの油絵に興味を示した。その絵は特に有名な画家が描いたものではないらしく、激しい雨が注ぐ森と、もう一つは緑色の電車が描かれていた。電車には誰も乗っておらず、人気の無い絵だった。
二階の会場は、ワインの試飲会だというのにカーテンが引かれて薄暗い、どこか怪しげな部屋だった。空太がぎこちなく敬一郎と会話をしていると、若い女性がワイングラスを落としてしまう。その音を聞きつけた敬一郎はその女性の介抱に部屋を出ていく。残された空太は周囲の人々を観察するが、あまり話をして楽しそうな連中ではないように見受けられた。仕方なくワインを飲もうとグラスに口をつけるが、さっきまで飲んでいたワインは吐き出したくなるほど醜悪なものに変わっていた。そして注いだ瓶の中には何やら蠢くものが見えた。
気味が悪くなった空太は敬一郎に会わずに帰ろうと、足早に部屋を出た。すると隣のドアが開きそうになったので、慌てて階段を駆け下りようとして、飾られた油絵に目を走らせた。そこには先ほどワイングラスを割ってしまった女性が、緑色の電車に乗っており、雨の降っている森には人々の影が感じられた。
恐怖に駆り立てられて屋敷から逃げ出そうとドアを開けた空太の背後に、奇怪な笑い声が浴びせられた。
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