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「間もなく着きますよ」 エルフリーデに肩を揺すられ、荷馬車に積みあげられた大麦の飼い葉に埋もれるようにして寝ていたハンナは目を覚ました。  穏やかな目つきでハンナを覗き込むエルフリーデは伯爵領の神官長で、神を自分に降ろす事が出来る。エルフリーデは読み書きのほかに算術ができるので伯爵領の主計官を兼ね、その関係でエリカに段列を任されているため輜重部隊の先頭の馬車に乗っているのである。  ハンナは王都に帰ったら家族とのんびり何ヶ月でも過ごすように以前からエリカに言われていたのだが、たまたま市場で買い付けに来たエルフリーデと会い、間もなく公国に出発するすると聞いた途端、エリカに会いたくなって同乗させてもらったのである。  馬車に揺られながら家族と過ごした束の間の夢を見ていたハンナは、もう公国内にいるということが何となく不思議に感じられた。 「あ、はい」  寝ぼけ眼をこすりながら上体を起こすと、周囲を歩く弓兵や後続の馬車に跨乗した弩兵達が森を抜けてやれやれといった表情をしているのが見えた。 森には魔物が巣くったり敵が潜んだりしているかも知れず、ずっと兵達は恐怖と戦って来たのである。 「殿下だ!」 御者の隣の弩兵が嬉しそうに声を上げた。 「おーい、みんな、殿下だ、殿下だぞっ」 殿下だという声は瞬く間に後方の兵達に伝わって行った。 「おーっ」 兵達は皆、恋人にでも会ったかのように顔を輝かせた。 ハンナはよろよろと立ち上がると、荷台に積みあげられた飼い葉越しに前を見た。  深い緑の山を背に大きな館が建ち、その前に佇むエリカの姿は白い漆喰の色から浮かび出て、黒髪や紫のドレスが鮮やかに見えた。 エリカは荷馬車の後ろから顔を出したハンナを目敏く見つけ 「ハンナ!」と叫びながら大きく手を振った。  馬車が館の前で止まると、弩兵は馬車を降りハンナ達の下車を手助けした後に弓兵と一緒になって道を進んでいった。 エリカは馬車の後部に駆け寄って 「嬉しい、会いたかったよー」とハンナに抱きついた。 抱きつかれたハンナはあれ?っと思った。 戻ってくるのが早すぎると言われると思っていたからである。 ぼうっとしているとエリカはエルフリーデにも抱きつき 「エルフリーデ、待ってたよ。段列はここに展開して。一部は前に出す準備をしてね」 「わかりました」 エルフリーデは冷静にそう答えると、エリカの頭を軽く撫でた。
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