宇宙人心理

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 S出版社を出た伊藤はどこかに立ち寄ろうともしなかった。書き上げた作品が通らなかった。少しは悔しがったり、もっと勉強しなくてはと思うはずなのだが、彼は特別、そのような感情はなかった。確かに時間をかけ、書いた作品が落とされたことは残念だが、あまりに気にとめなかった。  伊藤は自宅である古いアパートに戻ると、劣化してギシギシと危ない音を立てる木製の階段を上がり部屋に帰る。 「ただいま」  立て付けの悪い玄関ドアを開けて入ると、彼は思わず笑ってしまった。あまりにもおかしくて。 「どうでした?」 「やっぱり、ダメだった。アイディアが古いって」  伊藤は着ていた上着を脱ぎ、ハンガーにかけながら同じ部屋に棲む同居人に言った。同居人は不思議そうに尋ねてきた。 「おかしいね。心理描写がうまくいっていなかったのか?」  伊藤は首を横に振って、 「いや。僕はよかったと思います。君の心境がうまいこと表現できたかと思っている」 「やっぱり、地球の言葉では足りないのか・・・」  同居人は細長い腕で腕組みをしながら唸る。伊藤の言葉に嘘がないことは嘘発見器で分かっていた。『宇宙人心理』は本当に落とされたらしい。 「それにしても笑ってしまう。あの編集長、君の心理描写はいいけど、内容は古いと言うんだ。ずっと、僕は笑いをこらえるのに必死だったよ」 「ハハハ。確かに、古いも何も私の実情だというのに。それを古いという、編集長がどうかしている」  同居人も伊藤と一緒になって笑った。表情は変わらないが、声だけは笑っていた。  伊藤と同居しているのは人ではない。厳密にいえば、日本人でもはたまた地球人ですらなかった。伊藤が小説に書いた、エム星人その人であった。もっとも、小説に書いたような少しマヌケなところがある性格ではなく。地球人よりも、遥かに知性に溢れる宇宙人であった。
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