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声が上ずるのを止められない。
僕を探している男、僕を捕まえに来た男。いざその時が来ると、こんなにも震えが止まらなくなるものなのか。
「そんな奴知らないって言って追い返してやったよ。取り敢えずね」
真っ赤な唇がニッと笑うのを見て、あからさまに安堵のため息が出た。
やって来たのが誰であろうとも、会えて嬉しい人間など僕にはもう居ない。
「あのオッサン、訳アリってヤツかい? アンタどこで何をやっちまったのさ」
「何も……」
”ふうん”とマチ子は含みのある返答をし、部屋の襖をもう一度きっちりと閉め直すと、手にした春画にまた目を落とした。
「……ねえコレ。アタシをモデルにしたんだろ。……この前の時のさ」
紙面に描かれているのは、下卑た微笑みでこちらを見つめる女のあられもない姿態。
人の記憶が無意識に表現物に顕れるとするならば、確かにそうなのかもしれないが。
「うふふふ……澄ました顔して。まあいいけど」
反吐が出る。
インモラルなメス猿にも、それに流される自分にも。
「心配無用だよ。またあの男が来たら、しつこいね!って追い返してやるさ。だからアンタは安心してここに住んでればいい」
マチ子が何も答えない僕の顔を覗き込んでくる。
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