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しばらくえみりの寝顔を眺めた後、彩子は寝室を後にした。
廊下の突き当たりのドアを開けるとリビングとダイニングキッチンがあり、ベランダに続く大きな窓からは下町ならではの夜景が広がっている。
閑静な住宅地の一軒家とは真逆の光景だ。
彩子はコートを脱ぎハンガーにかけると、こじんまりとしたオフホワイトのソファに腰を下ろした。
本革の肌触りが気持ちのいいこのソファは、彩子自身が選んだもの。
2LDKのこの小さな城は彩子に自分を取り戻させてくれた。
落ち着かない家具の中で暮らした10何年とは違う、自分にしっくりと合う家具や食器。
一つ一つ自分で選りすぐったお気に入りの空間。
背もたれに体を預け、彩子はゆっくりと目を閉じ、今日を振り返った。
えみりはきっと、あの手紙を読んで前へ進むだろう。
そして、亮介のことは思い出として生きていくんだと彩子は確信していた。
事実、あれから彼女が亮介と連絡を取った形跡はない。
あの手紙に書かれた彩子の気持ちは間違いなく本心で、えみりの幸せを願っているのも本当だ。
けれど彩子は一つだけ嘘をついた。
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