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だんだん大きくなるお腹の膨らみを実感しながら、彩子は着々と準備を進めていく。
もともと亮介の仕事は忙しく、家にいないことなど日常茶飯事だったことから、ことを運ぶのは容易かった。
その間も彩子は家事を怠ることなく、亮介が心配するほど出産ギリギリまで完璧にこなした。
名前はもうその頃から決めていた。
それを亮介に告げたのは、出産してすぐの個室のベットの上だった。
高齢出産のわりには安産で、比較的落ち着いていたように思う。
「よく……がんばったな?」
遠慮がちにかけられた月並みのセリフは、よくある夫婦のシチュエーションのようだ。
彩子はなんだか可笑しくなる。
自分と亮介との間に、こんな普通の会話が生まれるなど想像してもみなかったからだ。
彩子はベッドに横たわったまま、椅子に腰掛け自分を気遣う亮介の顔を真っ直ぐに見つめた。
「……名前はもう決めてあるの」
そう言った彩子にも亮介は驚く様子もなく、ゆっくりと頷く。
名前など誰がつけてもかまわないと、思っていたのかもしれない。
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