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「……本当にこれでいいのか?」
確かめるようにそう言った亮介の視線は、彩子を捉えて離さない。
悩んで悩んでようやくたどり着いた答えなのだから、いまさら揺るぐはずもないのに、彩子は一瞬だけ戸惑いを見せた。
けれどそれを振り切るように一度だけゆっくりと瞬くと、静かに首を縦に振る。
亮介はそんな彩子を見て観念したのか、もう一度小さく息を吐いてから
「……わかった」
それだけ言って、胸ポケットからあの時と同じ万年筆を、今回は自分が使うために取り出した。
そばにあったテーブルを引き寄せ、最後のページに記された署名欄に自分の名前を記入していく。
艶やかだった万年筆も今ではすっかり燻んで見える。
それが二人の間に流れた年月のようにも感じられて、彩子は感慨深げに微笑んだ。
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