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あのとき、他の選択肢もあったのだろう。
けれど、彩子はこの道を選んだ。
亮介は腑に落ちない様子だったけれど、きっと浮気した自分にも落ち度があったのだからと受け入れたのかもしれない。
彩子があの日、亮介に手渡しサインさせた書類は、契約書だった。
皮肉にも結婚してからずっと彩子を苦しめ続けたものと同じやり方。
結局、亮介とはこういう形でしか一緒に歩んでいけないのかもしれないと、彩子はソファに体を預け目を閉じたまま悲しげに笑った。
離婚はしない。
けれど受け入れてもらえないなら、別れるという内容の文章から始まるその契約書は、亮介にとっても悪い条件ではないはずだった。
ただ、そこに愛はない。
無機質な文字の羅列だけだ。
彩子にとっても離婚はリスクを伴う。
なにより、生まれたばかりの娘から父親を奪うような真似はしたくなかった。
それなら普通の家族として暮らせばいいと誰もが思うだろう。
けれど彩子はもう充分我慢した。
亮介と結婚してからずっと我慢して自分を殺して生きてきた。
だからもう我慢はしないと決めたのだ。
せっかく生まれてきた命に対して、正直に生きたい。
それが彩子のこれからの人生の指針でもあった。
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