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と、野良の美しい被毛を濡らす、一粒の大きな雫に気がついた。
おや、雨が降ってきたかなと思ったら、おれの涙であった。
ひとつぶ。ふたつぶ。
袋の底の破れた穴から、いろんな色をしたまんまるのビー玉が、ぽろぽろとこぼれていくみたいに、綺麗なものは一つ残らず消えてゆく。
己の内に残るものは、黒く濁っていてギザギザとした醜さと、愚かさと、そして底知れぬ虚しさなのだ。
昔、この涙の雫のように、大事なものを落としてしまったような気がして、いっそう悲しくなった。
にゃあ。にゃあ。
野良がおれの手をぺろぺろと嘗めては、ぐしゃぐしゃになっているであろう泣き顔を覗き込んできた。
その瞳は心配そうに揺れていた。気がした。
おお、野良よ。慰めてくれるのか。おれの友達よ。
お返しに、と野良のほっそりとした首っ玉を優しく撫ぜてやると、野良は嬉しそうに猫なで声を発した。
すると、隣に座る竜胆が、何も言わずにおれの肩を抱き寄せてきた。
甘く、どこか懐かしい香りがした。
おれは何も考えず彼女に身を委ねた。けれど、怒濤の勢いで流れる大粒の雫は、すぐには収まらなかった。
しばらくそうしていると喉元に何か突っ掛かっているような感覚が徐々に薄れていくような気がした。
竜胆の体温と、ゆったりとした心臓の鼓動。
あらゆる男の理性を崩壊せしめるその妖艶な女体も、その時は全てを包み込む母性を持っているように思われた。
大分落ち着いてきたところで、竜胆がおもむろに口を開いた。
「桜君。夕食を召し上がりましょう」
彼女の生暖かい吐息がおれの耳たぶをくすぐった。小さな子供に知らせるような、優しい声音だった。
「うん......。食べる」
素直に言うことを聞いた。なぜだかその瞬間だけは彼女の言うこと全てに従いたいと思った。
竜胆はおれの頭を一撫ですると、立ち上がりリビングの方へ戻っていった。
おれもカーディガンの袖で目元を拭いて、野良を一撫でしてから庭に降ろしてやり、彼女のあとを追った。
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